These foolish things

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ありふれた奇跡(5)

ありふれた奇跡(5)

DVD-BOX 
DVDが届いて、初回からまた見直しています。放映時には気づかなかった登場人物の行動や言葉の意味でも、繰り返し見ていると、改めて「そうだったのか」と腑に落ちることもしばしばです。以下はこれまでに書けなかった、気になった(あるいは気に入った)せりふとシーンのあれこれです。


「幸せとか、そんな事ばっかりで生きてないもの」
最終回、翔太の母親が会いに来た加奈の母親に言ったセリフです。このセリフを聞いたとき、何か深い意味がありそうだとは感じたのですが、初め意味が分からずポカンとしてしまいました。しばらくして、必死で毎日を生きている人にとっては、そんなことを考える余裕などない。後になって振り返った時、大変なときに一生懸命生きられたということが、それだけで奇跡のような、幸福といえる時間だったと思えれば、それで十分であるということだと理解しました。「結婚したら何もできなくなるから、それまでに想い出をつくらなくちゃ」と、言って想い出作りの旅行に行こうしつつ、実際には、それぞれの厳しい現実に立ち向かって必死で生きているうち、生きていること自体が、過去にならない、「想い出」につながる生き方を見つけていくという、山田先生の「想い出づくり」が彷彿としてきました。

「妖精なんていない」
これも最初意味がわかりませんでした。後になって翔太がケルトの妖精の物語に逃げ込まず、ようやく加奈や他の人達と向かい合って、生きる覚悟ができたことを示していることを示していることが分かりました。

加奈さん 


その他に
警官の権藤さんが、一旦は子供を捨てようとした母親が、夜遅くなって戻ってきたときにかけた言葉。責めたり怒ったりせず、「ちょっと長めのトイレだった」と言葉をかけたシーン。さらに、「いっしょに考えよう」と、他人への同情や共感だけでなく、権藤さん自分の問題としても考え始めています。山田先生に「自分のこととして考えろ」と諭されているような気持ちになりました。

翔太が家出した母親と再会し、亡くなった翔太の祖母に嫁として虐められ、祖父にはセクハラを受け、亭主は家業を継がずに逃げてサラリーマンをやって妻をほっておいたことなどの愚痴を、一回だけと言って翔太に話した時、「そっかぁ」と言った一言。自分も会社で酷い仕打ちを受け、自殺を試みたりする翔太が、自分のことは、腹に収めて、母親に気持ちを寄り添うらせた言葉。短い言葉に万感の思いをこめていました。強くなった翔太にまた涙が出ます。

そんな人? 

最終回の翔太の言葉「いいママだったよ」。そして返事は「おわり
ドラマは「終り」ましたが、2008年の、登場人物を簡単に決め付けないでそれぞれが持っている、善と悪、強さと弱さを含めた複雑な内面を描き出し、さらに、ゆっくりと築いていくお互いの絆を描いたこの稀有なドラマは、いつまでも心に残る「奇跡」のドラマとなりました。


過去の記事
ありふれた奇跡(1) 
ありふれた奇跡(2)
ありふれた奇跡(3)
ありふれた奇跡(4)


テキパキしないで、どこか行きにくい人が好き。私もそうだから
変じゃない人なんている。この世にいる。

そして
おれ一人じゃないよ

 

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テーマ:ありふれた奇跡 - ジャンル:テレビ・ラジオ

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