These foolish things

音楽を中心に新しいもの、古いものをなどMy Favaritesを。時には映画やWho's Whoなども

ただ、過ぎに過ぎるもの

ただ、過ぎに過ぎるもの

年末になり、新聞やTVなどで今年鬼籍に入った人々のリストや追悼文を掲載しています。没した年齢が私以下の方も増えており、それらの記事に思わず引き付けられて、自分の来し方、行く末に思いを致してしまいます。何年か何十年か過ぎると、極一部の名声を得た人を除き人々の記憶から消え去って、存在しなかったことになって本当に消えてしまいます。市井に生き、無名のまま亡くなった人々はなおさらです。下は、せめて私だけでも、覚えておきたい、と思った人々のリストです。


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  • 樺 美智子
  • 山崎 博昭
  • 奥 浩平
  • 斉藤 竜鳳
  • 高橋 和巳
  • 竹中 労
  • 鴨志田 譲

無頼の人が多いです。しがらみにがんじがらめになって生きていると、不可能と分かっていても無頼の日々に憧れます。


枕草子の中に「ただ、過ぎに過ぎるもの。帆かけ舟 人の齢 春、夏、秋、冬。」という、一文がありますが、年齢を重ねるにつれ、年をとるスピートが速くなるを感じるのは千年前から変わらないようです。私が学生時代の永遠に時間の止まったような夏休み(たとえば、アニメ「タッチ」の白い夏の日々)に永い間惹かれているのも、この流れを一瞬でも忘れさせてくれる気がするためかも知れません。
(枕草子は「ゆくすえはるかなるもの 産まれたるちごの大人になるほど」の文章も気に入っており、清少納言と比較するのもおこがましいですが、感じかたが近いのかも知れません。)

気に入った文章

東 君平 おはよう童話

「らいねんも、おどれるかどうか、わからないからねえ」なつから、なつまでは、ながくて、いろいろなことかあります。ばんおどりの、わのなかに、きょねんと、おなじかおがそろえば、なによりです。」


なぜ、夏休みは終わってしまうのか
大林 宣彦(2001.08.28 朝日新聞)

何かが終わっていくのは、さびしいしかなしい。その哀切を感じる心は、人生歳を経るほどに増してくる、と考えられるが、じつはぼくはそうでもないのではないか、と思う。子どもの頃の方が、もっとさびしかったし、もっとかなしかった。たとえば、日曜日の真昼、ぼくは縁側に寝そべっている。友だちは、いま頃どこで、何をして遊んでいるのだろう?出かけて行って仲間に加われば、いつも通りの日曜日にすぐさまなるのに、きょうはなぜだか、ぼくはひとりで、此所にいる。何度か繰り返し読んだ本の頁を、いまからもう一度めくっていけば、間違いなく日は暮れる。ぼくは何かに取り残されていく。吸い込まれるような青い空を見つめながら、
子どもの頃のぼくは、えもいわれぬものくるおしさに、身もだえしていた。
(中略)
同じ日曜日が二度とこないように`同じ夏休みはもう二度とやってこない。そのことをいちばんよく知ってぃるのは、子どもたちだ。子どもはどんどん成長していく。夏休みが終わって学校へ行くと、先生も、教室の机も、運動場も、まるで見知らぬもののように小さくなっている。そこは未知の世界だ。未知の世界に向かって一歩を踏み出すのは恐ろしい。だから彼らは、いつも世界に向かっで緊張している。これが大人になれば、ひと夏の前も後もそんなに変わりはない,さびしさやかなしさを忘れ、生きる意味さえも失っていく。


席亭、新年あけから入院のため、更新は暫時停止します。
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