寺山修司 箴言集(青春の名言) ずっと以前から、箴言やアフォリズムの類が好きでしたので、ラ・ロシュフコー箴言集やアランの幸福論、ピアスの悪魔の辞典など色々読み漁りましたが、そのなかで特に気に入ったのが、寺山修司 青春の名言でした。言葉を武器とする文士たるもの、詩や映画など、たとえば、聖書から演歌、はては織田信長、ゲバラ、奥浩平まで如何に膨大な書物あるいは芸術に接しているか判ります。このなかで引用されている言葉のうち気に入ったものをオリジナルを読むことで、知らなかった世界で知見を得ることができまし た。ユリシーズの冒険も、シジフォスの神話もそうでした。
 寺山修司 箴言集から引用 言葉を友人に持ちたいと思うことがある。 それは、旅路の途中でじぶんがたった一人だと言うことに気がついたときにである。 たしかに言葉の肩をたたくことはできないし、言葉と握手することもできない。だが、言葉にも言いようのない、旧友のなつかしさかおるものである。 (中略)そのかわり私は、詩人になった。そして、言葉で人を殴り倒すことを考えるべきだと思った。詩人にとって、言葉は凶器になることも出来るからである。私は言葉をジャックナイフのようにひらめかせて、人の胸の中をぐさりと一突きするくらいは朝めし前でなければならないな、と思った。 だが、同時に言葉は薬でなければならない。さまざまの心の痛手を愉すための薬に。エーリッヒ・ケストナーの「人生処方詩集」ぐらいの効果はもとより、どんな深い裏切りにあったあとでも、その一言によってなぐさむような言葉。 時には、言葉は思い出にすぎない。だが、ときには言葉は世界全部の重さと釣合うこともあるだろう。そして、そんな言葉こそが「名言」ということになるのである。 学生だった私にとっての、最初の「名言」は、井伏鱒二の 花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ という詩であった。 私はこの詩を口ずさむことで、私自身のクライシス・モメントを何度のりこえたか知れやしなかった。「さよならだけが人生だ」という言葉は、言わば私の処世訓である。 ラングストン・ヒューズ詩集 どっかへ走ってゆく汽車の七十五セントぶんの切符をください どっかへ走ってゆく汽車の七十五セントぶんの切符をくださいってんだ どこへいくかなんて知っちやあいねえ ただもうこっちからはなれてくんだ 「七十五セントのブルース」 節を知っててつらいのはホームシックのブルースだ 泣き出すまいとがんばってロをつぐんで歌うんだ。 「ホームシックのブルース」 おいらは いろんな河を知っている この世さながらの昔からのいろんな河を 人の肉体に流れている血よりも古い河を知っている 「ニグロと河」 アルベール・カミュ「シジフオスの神話」 神々はシジフォスに、休みなく岩を山の頂上まで転がして運び上げる刑罰を課した。山の頂上に達すると石はそれ自身の重さで再び落ちて来るのであった。無益で希望のない労働以上に恐ろしい刑罰はないと神々が寺えたのは死出のあることでかった。 しっ、静かに。君のそばを葬式の行列が通りすぎていく。 ロートレアモン「マルドロールの歌」 アーネスト・ヘミングウェイ「兵士の故郷」 「ぼくは神の王国なんかにいやしない」 「人はみなそこにいるのだよ」 畠山みどり「出世街道」 人に好かれて いい子になって 落ちて行くときや 独りじやないか おれの墓場は おいらがさがす そうだその気で ゆこうじやないか

寺山修司 「歌集」など
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし 煙草くさき国語教師が言うときに明日という話は最もかなし 遠くへ行きたい。どこでもいいから遠くへ行きたい。遠くへ行けるのは、天才だけだ。 こうやっていつも旅ばかりしていると、ときどき思うんだ。人生は汽車に似ているな、ってね。旅をしながら年老って古くなってゆく。自由になりたいな、って思うが、レールの外へ出れる訳じゃない。
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