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立川 談志 71歳の反逆児

立川 談志 71歳の反逆児


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先に放送されたNHKアーカイブス「立川 談志 71歳の反逆児」を観ました。2006-2007年にわたって取材した番組の再放送ですが、老境にある芸人の生きざまをありのまま映し出していて心が動かされました。


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談志師匠は落語、それも古典をことのほか愛し、天賦の才と駆け出しのころからの猛練習で余人の到達しえない領域まで登り詰め、落語に登場する愛すべき人達とその時代背景を大事にしています。普段しゃべっていてもそのまま落語に入っていき、常日頃から話の手入れを怠りません。落語を理解するためにはその時代を全体を理解しないといけないとして、弟子には落語だけでなく、民謡、歌、講談など寄席で披露される色物を含めた諸芸に熟達することを要求します。また、落語と落語のようなものを峻別し、先輩でもレベルに達していない対象には遠慮なく批判の矛先を向けます。

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それほど、古典に通暁した師匠も、現代では人情など落語のバックグラウンドが無くなって、理解されなくなくなっていくことに対して焦燥を隠せません。期待した反応を返さない客に対して苛立ち、大向こうからの間髪を入れないタイミングのよい掛け声に理解者の存在を感じて安堵します。昔は耳の超えた聴衆がいたのでしょうが、その道の通も含めた観客全体が減少しているなかで、対象を至高の芸を理解する人々とするか、あるいは普段落語とは無縁な生活をしている市井の人々にするかは難しい選択なのは分かります。

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後半では、師匠はは年齢を重ねるとともに病を患い、あれほど完璧に演じていた十八番の「芝濱」も途中で話を忘れてしまうくらい衰えます。頭が切れる師匠は、能力が低下していく自分に対するはっきりとした自覚があり、現実の自分の姿とあるべき姿の狭間でもがきます。かって「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残した師匠ですが、自分の業に対しては素直に肯んぜず、苦悩します。でも、このような姿を取材の前にさらけ出す勇気と自分に対する客観視をなお持っていました。
私はかつて好きだった作家が宗教に逃避したり、変節したりする例を多くみてきましたが師匠が七転八倒しても逃げだなかったのは勇気がいったことでしょう。「たかが落語、されど落語」とすこし気楽に構えても良かったような気がしますが、これとレベルを高く保つこととは相容れなかったのでしょう。

私も師匠の年になるまでにはあと少しありますが、衰えは日々感じています。鬱勃たる気分のときも、師匠の先の言葉のように衰えや病、未練など自分が持つ多くの業を肯定して笑い飛ばして行けば、いら立ったり、怯えに苛まれることもないのでしょう。



 
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番組でも爆笑問題の太田光に対して後継者に対するような視線を送っていました。過去にたけしもそのようなことを言っていたことがあるような気がしました。上野千鶴子との対談「爆笑問題の日本の教養 女と男”仁義なき戦い”」でも百戦錬磨の教授と互角に渉りあっており、よく勉強していると感じました。

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【2012/05/28 06:00】 | # [ 編集]


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