These foolish things

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秩父山中山のあとさき ムツばあさんの遺したもの

秩父山中 花のあとさき
ムツばあさんの遺したもの

8/20にTVの番組表を見ていたら思いがけずムツばあさんの名前があり、番組の題名から過去2回放映された番組の後日談とわかり、予約録画して視聴しました。前回の放映分(2002年と2008年)分も再度みなおしました。
前回の最後に脳梗塞で倒れた後であり、ムツばあさんや夫の公一さんの新しい映像はなく、過去の回顧と、集落のまとめ役の新井さんや、小林ムツさんを偲んで訪れた人達の映像でした。

最初の取材から、10年近い時間の流れを記録した映像を見ていると、時が過ぎるということ、自然と人間との関係など、を改めて考えてしまいます。この間に集落の人々は山を下りたり、亡くなったりして人口は減り続け、残る人たちも年々年老いて病気がちになりました。

昭和52年太田部  平成6年小林さん夫婦

ムツさん達が植えてきた数多くの花木は新井さんなど、残った人が引き続いて手入れをして美しい花を咲かせてくれます。この先、集落の人が年老いて、手入れができなくなれば、公一さんが入院した年のように1年で蔓に絡まれ、下草に覆われて数年で衰えてしまうでしょう。杉林も下枝打ち、下草狩り、間伐と1年中世話をしなければ荒れて土砂崩れを起こしてしまいます。そうして50年から100年かかって手入れしてやっと製材するまで成長しますが、外材に価格で負けてしまいます。
そこまでして守らねば成り立たない山や自然とは何だろうと思っています。
それは、杉の美林や、段々畑で作っていた作物、かつての養蚕や薪作りなどの林業は、生きるために山に入った先祖が選んて必死で選んだ唯一の選択肢であったことではないかと思い至りました。
この何代も続けてきた生業を自分たちの代で終わらせることへの自責の念と後悔、農業や林業で生きるための産物をずっと恵んでくれた山への感謝として、小林さん夫婦に段々畑に花木を植えて山に返す無償の行為を行わせたのかもしれません。   

  ムツばあさん(H18年)

改めて思うと公一さん、ムツさん達を含め、集落の人はみな美しい、いい顔をしています。数年毎の映像の度に、顔は皺が増え、背は小さくなって年老いていることが明らかで、それが痛々しいのですが、それでも、ますます輝いていて神々しくさえ見えます。いつもムツさんの言葉には褒め言葉と、感謝しかありません。花に対しては「一本一本は色が違うし、匂いも違う。みんなかわいいよう」、何かにつけ「うれしい」と言い、花も芽もない1本の枝のような幼木でも匂いで種類が分かるほど打ち込んでいます。新井さんも「自分は農業ではなく百姓jといいながら、一年中働いています。みんな休憩することを「遊ぶ」と言うように、動けるうちは、体が一年中自然に動いてしまいます。

  れんぎょうの花  紅葉

楢尾をを訪れた人達のように、私も、心が改まり月並みな言葉ですが、改めて「感動し」ました。「かくありたい」、あるいは「あらまほしき」手本を示され、この先、老いていく年月にも先達から指針と元気を貰った気がします。いつか楢尾を訪れてみたいと思います。
ムツばあさんほか、亡くなった方々に感謝ともに合掌を捧げます。さらに永い年月一人で取材を続けてきた百崎カメラマンにも感謝します。
この間転勤はなかったのでしょうか。

再放送予定 8/23、地上波(アナログ・デジタル)10:10~10:55

過去の記事 秩父山中 山のあとさきへのリンクはこちら








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ありふれた奇跡(5)

ありふれた奇跡(5)

DVD-BOX 
DVDが届いて、初回からまた見直しています。放映時には気づかなかった登場人物の行動や言葉の意味でも、繰り返し見ていると、改めて「そうだったのか」と腑に落ちることもしばしばです。以下はこれまでに書けなかった、気になった(あるいは気に入った)せりふとシーンのあれこれです。


「幸せとか、そんな事ばっかりで生きてないもの」
最終回、翔太の母親が会いに来た加奈の母親に言ったセリフです。このセリフを聞いたとき、何か深い意味がありそうだとは感じたのですが、初め意味が分からずポカンとしてしまいました。しばらくして、必死で毎日を生きている人にとっては、そんなことを考える余裕などない。後になって振り返った時、大変なときに一生懸命生きられたということが、それだけで奇跡のような、幸福といえる時間だったと思えれば、それで十分であるということだと理解しました。「結婚したら何もできなくなるから、それまでに想い出をつくらなくちゃ」と、言って想い出作りの旅行に行こうしつつ、実際には、それぞれの厳しい現実に立ち向かって必死で生きているうち、生きていること自体が、過去にならない、「想い出」につながる生き方を見つけていくという、山田先生の「想い出づくり」が彷彿としてきました。

「妖精なんていない」
これも最初意味がわかりませんでした。後になって翔太がケルトの妖精の物語に逃げ込まず、ようやく加奈や他の人達と向かい合って、生きる覚悟ができたことを示していることを示していることが分かりました。

加奈さん 


その他に
警官の権藤さんが、一旦は子供を捨てようとした母親が、夜遅くなって戻ってきたときにかけた言葉。責めたり怒ったりせず、「ちょっと長めのトイレだった」と言葉をかけたシーン。さらに、「いっしょに考えよう」と、他人への同情や共感だけでなく、権藤さん自分の問題としても考え始めています。山田先生に「自分のこととして考えろ」と諭されているような気持ちになりました。

翔太が家出した母親と再会し、亡くなった翔太の祖母に嫁として虐められ、祖父にはセクハラを受け、亭主は家業を継がずに逃げてサラリーマンをやって妻をほっておいたことなどの愚痴を、一回だけと言って翔太に話した時、「そっかぁ」と言った一言。自分も会社で酷い仕打ちを受け、自殺を試みたりする翔太が、自分のことは、腹に収めて、母親に気持ちを寄り添うらせた言葉。短い言葉に万感の思いをこめていました。強くなった翔太にまた涙が出ます。

そんな人? 

最終回の翔太の言葉「いいママだったよ」。そして返事は「おわり
ドラマは「終り」ましたが、2008年の、登場人物を簡単に決め付けないでそれぞれが持っている、善と悪、強さと弱さを含めた複雑な内面を描き出し、さらに、ゆっくりと築いていくお互いの絆を描いたこの稀有なドラマは、いつまでも心に残る「奇跡」のドラマとなりました。


過去の記事
ありふれた奇跡(1) 
ありふれた奇跡(2)
ありふれた奇跡(3)
ありふれた奇跡(4)


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TBSラジオ 「スタンバイ」

朝のTBSラジオ番組 「スタンバイ」

立ち寄ったお店にTBSラジオのパンフレット「954PRESS」が置いてあり、朝の番組「森本毅郎 スタンバイ」が、5000回を迎えた記念の特集記事が載っておりました。

表紙

この番組は通勤時にずっと続けて聴いていました。今は地下鉄で電波が入らないので、ラジオを録音して聴いています。一時はポッドキャストでダウンロードしたりしていました。ミスで録音出来なかった時など一週間穴があいたような気分になってしまいます。

内容  小沢遼子さん(話の特集より

出演者の年齢のせいでしょうか森本さんの番組は違和感を感じないので、ほかの番組も含めかなり視聴しています。なにしろ森本 毅郎さんは70歳、アシスタントの遠藤さんが66歳、金曜日に出演する元埼玉ベ平連で浦和市議の小沢 遼子さんが72歳で老人クラブのようです。皆さん実年齢は私よりかなり上ですが、感覚が若いせいか、年齢のギャップはあまり感じず、同世代か少し上程度の感じです。でも、老い先の話や身体の衰えの話など、先輩達の話す内容は、綺麗事を言っても仕方ない年齢のためか極めて素直に語っており、共感するとともに参考になります。

番組コメンテータは近年ほとんど入れ替わっていませんが、小沢遼子さんと、過去記事で取り上げた佐瀬 稔さん(命を削って記事を書き続け、降板した)は特にお気に入りでした。
  
番組のホームページ
http://www.tbs.co.jp/radio/stand-by/

本ブログでの佐瀬 稔さん関係の過去記事
http://77117c.blog118.fc2.com/blog-entry-13.html
http://77117c.blog118.fc2.com/blog-entry-19.html


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