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ちりとてちん(9)

ちりとてちん(9) 
メモリアルブック 


ちりとてちんの放送も終わって、早くも4ヶ月近くたちますが、その後も完全版DVDが次々に発売されたりして、なかなか抜け出しそうにありません。最初は自分なりにお気に入りの場面を選ぼうかとも考えていたのですが、DVDを見始めると、もういけません。ほとんど全てが名シーンで選ぶなどということができません。思い出したり、新たに気がついたりして、落涙がとまらず、なかなか先に進みません。それでもうDVD3巻目が手元に届くころになっても、第2巻目の途中を視聴中です。

メモリアルブック 
先日、予約してあった、「メモリアルブック ↑」が到着しました。
巻頭の厳選名場面集で6ページにわたって写真が掲載されています。改めてB子の相手役である草々、B子と対をなすA子のドラマでの存在の大きさを思いました。3人がお互いを気遣いながら、それでいて、みんな鈍感なところもあり、相手の気持ちが読めずに葛藤を繰り返していました。名場面集はステラ5/9号の中とじ「ちりとてちんめいっぱい」にもあり、私ごときが再度トライする必要もありませんね。

メモリアルブックはあらすじやこれまでのステラの再録もありますが、それでも、番組収録中の記事を、出演者にあとからフォローしてもらうなど細かい気配りを感じました。それ以外にも細かい資料やオフショットなど、が山盛りです。
この本と、そのまえの(ちりとてちん)ステラシリーズを担当している国友さの担当を超えた熱愛ぶりに感動しました。記者が担当の仕事としてではなく、熱烈なちりとてファンが、ドラマの収録やロケの立ちあい、インタビューができる立場にいられて、番組終了後、自分でこの本を企画して実現させ、それを徹夜の連続で完成させて、届けてくれました。自分で全身全霊投球したと言える仕事が出来たとは、偉いし、羨ましい(・・・もかくありたし)。NHK本体と異なる会社の所属で、現場では部外者として振舞わなければならない場面も多くあったろうし、大組織のなかの子会社の限界もあったのでしょうが、それを熱意と行動力で壁を打破してしまいました。 国友さんに感謝!!

中とじ特集めいっぱい  

彼女(あまりの行動の破天荒ぶりに、これまで男性だと思っていました。すみなせん)の編集日誌から

<ちりとてちん>を愛するあまり、こんな末端ページまでたどりついてしまった皆さま、満を持してこんにちは。日々ヘタレ全開中、『NHKウイークリーステラ臨時増刊 ちりとてちんメモリアルブック』が発売されて忘我の境地にいる、ステラ編集部K友です。校了してからの記憶がとんとございません。燃え尽きちまったぜ、真っ白に……。そういうわけで、本日ついに『メモリアルブック』が発売になりました!
(中略)
できれば完成までの紆余曲折を、そこはかとなく感動的につづったりしてみたかったのですが、こうなると、なしくずしに完成しているように見えますね。わりと波乱万丈だったのですが、今さら「完成までにはこんな山あり谷ありだったんです!」と騒いでもリアリティーがないので、この際、そのへん割愛です。
『メモリアルブック』できました!(終わり)。
で、手元に届いた皆さま。そして、書店でお買い求めいただいた皆さま。『メモリアルブック』いかがでしたでしょうか。あ、いや、やっぱ言わないでください!!
全力投球を通り越して“全身全霊投球”した本なので、怖くて聞けません。が、勢いと愛だけはたっぷりの……というか、勢いと愛だけでできた1冊です。自分で作っておきながら「ここまでやるなよ」と引いてしまうページがある始末です。いま愛宕山か梅丈岳に登れるならば、かわらけ投げてます。「皆さんに満足していただける1冊でありますようにー!」表紙の喜代美と一緒に<ちりとてちん>の世界を振り返っていただければ幸いです。

ABC子勢ぞろい 

遠藤CPの国友さんへの賛辞。CPもBKにあって、AKの嫌がらせに耐えて感謝祭を実現するなどかなり度胸が据わっていると思います。(AKに連行されたようですが)

広報チームのしんがりを務めますのが、今この『メモリアルブック』を編集しているステラのK友さん。毎週の記事のために台本を読み込んで「きっといい写真が撮れる」というシーンにはカメラマンを送り込み、東京から大阪の収録スタジオに通って出演者に取材し、販売部の反対を押し切って?徒然亭四兄弟を表紙に抜擢し、あふれるバイタリティーと類まれなる文章力で、《ちりとて》を盛り上げてくださいました。HPなどにも載っていた「自信なし。特技なし。将来の夢なんてわかんない。悩めるへたれな女の子、落語家をめざす」という番組のキャッチコピーは、何を隠そうK友さんの発案です。「放送が終わった番組の本を出して売れるのか?」という販売部を説き伏せ、ついに『メモリアルブック』発売を勝ち取りました。もう明らかに商売抜きです(笑)。そのK友さんを上記のファン集団……てはなく、〈ちりとて〉広報チームが一丸となってバックアップし、この本が完成しました。そんな熱い人々が作ってくれた『メモリアルブック』。面白くないはずがありません。ぜひ隅々までお楽しみくださいませ。

メモリアルブックのサイト
http://www.nhk-sc.or.jp/chiritote/

 

 


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テーマ:ちりとてちん - ジャンル:テレビ・ラジオ

私淑した人々(2)

私淑した人々(2) 柴田 翔

大学に入学して、図書室にあった、われらの文学シリーズのうちの一巻に、高橋和己の「悲の器」(先のエントリにも書きましたが)等と共に掲載されていた、柴田翔の作品である、「されどわれらが日々」に、圧倒されました。すぐに刊行されていた同じ著者の「贈る言葉」を購入して、再度少し趣が変わっていましたが、再び魅惑されました。

柴田01
「されどわれらが日々」は60年安保の前の学生たちの種々な生き方を描いています。当時の学生たち(といっても、一部だったのでしょうが)が、ある党の圧倒的な影響力の下にあって、地下に潜ろうとして挫折するもの、主人公や登場人物たちの、それぞれの結婚相手との葛藤など、いろいろなまでの心の軌跡を描いていました。
エリートである東大生たちが、半ば約束された将来のコース(結婚相手や職業)と党へ忠誠の板ばさみにあって苦悩する話でした。今読み返してみると、70年代と異なる50年代末から60年代にかけての、ある一部の層の雰囲気が描かれているのですが、当時の学生の生き方の生硬さ、挫折、がよくわかります。しかし、登場人物が東大生、相手の女子大生が東京女子大か日本女子大などのみが対象で、将来、政界、財界など実社会でエリートとなるか、あるいは地下に潜っても農民を感化するという、やはり指導者としてのエリートになるかという選択で、選ばれたと考えている人特有の選良意識、独善の匂いを感じられます。60年当時は大学まで進学する人はかなり少なく、さらに東大にまで行く人は極く一部であって、色々考えて本を読んでも自分を疑う方向には向かわなかったのでしょう。また、時代でしょうが、長文の手紙をかいたり、はては自殺をする人が多く登場します。
でも、さすが主人公と同世代の著者です。同時代を別の世代が書いた、石川達三の「青春の蹉跌」から感じたこの世代に対して感じた敵意、違和感は、感じられませんでした。。
この本は党が非合法時代からの流れを引きずって、目指していた武装闘争のために、学生も参加させて山村工作体などを目論見、六全協で全面方針転換した、60年以前の歴史が背景にあるため、今の人が読んでも理解しがたい部分が多いと思います。

柴田02
「贈る言葉」
「されどわれらが日々」とは異なり、政治色がかなり抜けて、よく言えば少し肩の荷をおろした状態での作品と感じました。2つの小説のうち、「贈る言葉」は、大学生同士のカップルが二人の関係の進め方を巡って、次第にずれはじめ、結局お互いに、亀裂の入って絶望しかけた状態で、安宿で初めての、関係を持つに至ったが、結果として、しばらくして見かけた彼女は、以前の凛とした立ち居振る舞いから一変して、着飾っているが痛々しい精神状態に陥るという物語でした。
もう一編の「贈る言葉」もそうですが、今から思えば、女性が結婚相手と心が通じるかどうかと、煩悶、葛藤するなど、一見現代に通じるようで、見方がやはり男性側中心の視点が多いと思いました。リブやフェミニズムのかけらもないころの小説ですのが、ある程度、著者かみた女性のその時代の生き方を反映した人物像だったのでしょう。「されどわれらが日々」よりは、テーマが普遍的で読みやすいです。

柴田翔はその数年後、朝日ジャーナル1968.6.16号の巻頭で次のように書いています。

奥(注)の提出した「それからさき、何をして生きていくのか」という問いは、具体的には、大衆社会の虚妄のなかで、何をして生きて行くのかという問いである。それは、実は学生たちだけに向けられた問いではない。私たちの誰もが、何をして生きて行くのか考えざるをえない地点にいる。そこに、学生運動が、学生でない私たちに対してもっている思想的な意味がある。それは、昔は俺も純粋だったが・・・というような問題では決してない。それは私たちが、現在、毎日毎日の生活にどれだけの重みを感じているかという問いなのである。 
(中略) 
学生運動の側には、私たちに理認される必要など少しもない。私たちが非難しようが理解しようが、学生運動はそこに存在している。彼らを狂人扱いにして何かを失うのは、それによって、彼らがつきつけている思想的問題を避け、怠惰な日常を破滅へ向って、ただただ明るくなめらかに滑り落ちて行く私たちの方なのである。
注)奥浩平著 「青春の墓標」

60年代の柴田翔が70年代(というか、60年代の終わりまで)の問いかけた意味を理解し始めています。それにしても、上野千鶴子といい、柴田翔といい、みんな最後は東大の先生になるのだろう。


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