These foolish things

音楽を中心に新しいもの、古いものをなどMy Favaritesを。時には映画やWho's Whoなども

ちりとてちん(8)

ちりとてちん(8)
ついに千秋楽

ついに楽日が訪れました。最終26週は若狭が妊娠・出産によって、落語家を引退し、おかみさん、あるいは、おかあちゃんみたいな母親になることが自分の道だと、自覚する内容でした。これが脚本家の最後に伝えたかったことなんだろうかと思いました。

今日現在、まだちりとてちん全体を振り返るだけの余裕は持てませんが、喜代美と弟子たちを中心にした人々(みんな一生懸命なアホ)がそれぞれに係わり合いながら、喜んだり落ち込んだりしながら、懸命に生きていくさまを描いた群像劇だったのかとおもいます。物語の大きな構成としては
1.喜代美が自分の生きる道を探してふるさとを捨てるまで
2.弟子たちの再結集と師匠復活まで
3.師匠が亡くなるまで
4.小草若の復活と常打ち小屋の落成
そして、最終週の若狭の自覚(エピローグのようでもある)というくくりかと思います。

正太郎ちゃんと喜代美 おかあちゃん

私としては、師匠が亡くなるまでが、毎週秀逸な内容だったという思いで一杯です。 弟子たちが、それまでの職業を変えて落語家に戻る場面、師匠が不治の病になって、わが身を短い命のセミに例えて庭で一人たそがれていく場面など、師匠が亡くなるまでの週では、芸の上のトラブル以上に、重い人生の岐路に立たされた師弟それぞれの生き方の決断を迫られるシーンが多く身につまされました。毎日のように、録画を何度みてもその都度感涙に咽んだり、嗚咽が止まらなかったりしたものです。(要は目からよだれがでたということ)

師匠復活!

師匠が亡くなってからは、物語に重みがなくなって、浮かんでいるような気がしたものですが、それも脚本家の意図で、師匠の不在での空虚さを示すために、わざと描いているのかとも思いました。

あれだけ、落語に打ち込んでいた若狭が、あるときから自分の演じる落語に違和感を持ち、最終的におかあちゃんやおかみさんの道を選んだのは、落語家と両立できない不器用なB子の喜代美が下した結論だから、ある程度理解できるにしても、草々の言うように「今までの修行、全部無駄にするつもりか」。でんな。他人にないキャリアを捨てるのは師匠や兄弟子、小浜の家族、寝床メンバーそしてファンの人達の支援や気持ちをどう考えているのかと思いました。

かわいいね ついに襲名

兄弟弟子たちの話題はトラブルの場面でも、いつも楽しませてもらいました。でもあれほど道に迷っていたヒロイン小草若が自分なりの落語を見つけてようやく四代目草若を襲名するシーンは、その間の心の揺らぎや覚醒に至るまでの経緯を、数秒の高座のシーンだけでなく、菊江さんなど、ずっと支えになってくれた人達の祝福の様子などを丁寧に描いて欲しかったとおもいました。四草の生き方などの描きかたでも同じ感想を持ちました。


私はずっと小草若ファンでしたが、途中から四草も加わって両方とも好きになりました。演出家の期待どおり、上手に役を演じるだけでなく、役者の役作りを超えた生身の人間が醸し出す感情の機微が見事で、演技の神が乗り移ったような状態になっていたのではないかとさえ思いました。



いろいろ、細かい感慨はありますが、久しぶりに観る価値のあったすばらしいTVドラマでした。今後、長く放心状態がつづきそうです。(ドラマ対象でいえば数年間?)

 



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ちりとてちん(7)

ちりとてちん(7)
大団円近し

ついに大団円に近づいています。
本当のヒロイン(と思っている)小草若もやっと草若邸に戻ってきました。一番最初に抱きついたのは草々でした。草々は小草若の落語に対する親譲りの潜在能力は認めているにもかかわらず、小草若が「愛宕山」を高座にかけるといったときに、あからさまに見下していたように落語については、自分のほうが上だと思っていたのでしょう。でも、自分が師匠と血のつながりがないことで疎外感を持っていたのとおなじように、血筋から当然、落語に対して天賦の才能を期待されつづけてきた小草若の重圧にも遅まきながらやっと思いを馳せることができて、戻った小草若に対して、自分が師匠にされたように飛びつかせたのでしょう。

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四草は、当初はこらえていたのでしょうが、草原にいさんから目で問われ、万感の思いを込めて「小草若兄さんは、底抜けのアホです。」と飛びつき、兄弟弟子で固まって号泣します。またまた連れ戻しに成功した、若狭は集団の中に行きませんでした。草々のときには飯場で「大丈夫、私がついている」と言い切っていましたが、小草若の場合は喜代美の窮地に自ら覚醒します。やはり夫婦と兄弟弟子との違いで小草若に対してはその程度の思いだったのでしょうね。

最終週ちかく、ツボにはまるシーンも色々。
小次郎も当選した宝くじがで奈津子さんには内緒で五木ひろしを呼んで、あとで奈津子さんにばれますが、「私が文句言うとでも思うたんですかね。そんな了見の狭い女やって思われてたんやろか思ったら、何か腹立って」と結婚資金に使わないで出演料に使ったことを咎めず、黙っていたことのほうを責めるのも良かった。小次郎おじさんはフリーターでも結婚できましたが、このカップルだったら緒方姓でも良かったのでは?

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A子が過去の確執に対して詫び、塗り箸の修行を願い出た時に「わしは、秀臣さんに9年も塗箸教えてもろたんやで」と了解するシーン。人生のうちの最良の期間の何分の一かも費やした、重みを理解した言葉でした。

常打ち小屋のために、常連さんや小浜の和田家(お金はなし)が浄財を持ち寄り、それでも足らずに小草若が草若邸を売る決心をし、その前に青空の下で最後の落語会を師匠達を含め皆で笑いころげるシーン。それぞれ、笑いと涙が一緒にこぼれるどれも素敵な場面でした。

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それなのに、
最終日には、若狭は落語を止めておかみさんか母親業に専念する雰囲気です。同時に複数の仕事をこなせないと悟っている不器用な主人公が、自分で決めたのでしょうが、10年以上、一人前になるまで、暖かく支えてくれた兄弟子や周囲の人々の期待、あるいはいっぱしの落語家が突然いなくなることに対し、どう思っているのでしょう。
「おかあちゃんみたいになりたい」は、専業主婦でなくても可能だと思われます。最後の結末はわかりませんが、「結局、女は家に帰るべし」という、ありきたりの場面は見たくありませんね。
「他人にライトを当てることもすばらしい」かも知れませんが、所詮、アルバイトできた草原の息子でもできる仕事、他人のできない努力を積み重ねて、高みに到達したものには光を浴びる責任と権利があると思います。


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さよなら・今日は/冬物語

さよなら・今日は/冬物語(日本テレビ)

カノンさんがでると言うのでちりとてちんの流れでみた、3/19のNHKスタジオパークに原田 芳雄さんが出演していました。本ブログの過去の「横浜ホンキートンクブルースの記事(http://77117c.blog118.fc2.com/blog-entry-26.html)でも、一部取り上げていますが、現在70歳に近いはずですが、そう見えません。顔からいい歳をとってきたことが伺えます。昔みた日本テレビでの若かったころの原田芳雄さんのドラマを思いだしました。
スタパライブ スタパライブ

1971-1974年ころに浅丘ルリ子さんと日本テレビで
2丁目3番地
冬物語
さよなら・今日は

等を共演していたようですが、当時そのうちの、「冬物語」と「さよなら・今日は」は印象深く見ていました。

冬物語は宗方財閥の社長婦人である信子(浅丘ルリ子、未亡人となる)とテスト・ドライバー乾良之(原田芳雄)が中心の物語でした。紆余曲折の末、信子は離婚し、脳に重い病気を持つ乾が、最後は北海道の雪のなかで亡くなる悲恋物語でしたが、ストーリーも目新しく、またロケシーンが多く当時、新鮮に感じました。
特にテーマ音楽のフォー・クローバーズ「冬物語」が大のお気に入りでした
歌詞の「木枯らしは寒く乗り換え駅に、行方しらず、旅は続く、愛の切符てにして、行き交う人は巡礼のよう・・・」には、当時から何とカッコイイ歌詞だろうと、はまってしまって現在まで冬になると歩きながら思いだします。

現在ではオムニバスのCDの一曲として一部試聴ができます。
http://www.neowing.co.jp/detailview.html?KEY=VPCB-83403

リンク
白夜紀行(wooden_soldierさんのページ)
http://plaza.rakuten.co.jp/woodensoldier/diary/200708180000/
youtube
http://jp.youtube.com/watch?v=li4rq-5aLMU


ノベライズが出ていたことを後で知り、探して購入しました。

ノベライズ本 若い頃(本の表紙の裏扉)

さよなら・今日は
当時真剣に見ていたのに、最終回までのストーリーはあまり記憶がありません。最終回で家族が住んでいた家が取り壊され、家族がばらばらになっていくシーンでしたがが、輪廻回生のように将来再び、めぐりあうといったテーマだったと記憶しています。岸辺のアルバムのような、当時としては斬新な、今日の社会や家庭の仕組みの崩壊をを予想していたかのようなテーマでした。

これも朝倉理恵さんが歌う、挿入歌「さよなら・今日は」が大好きでした。最近、ダウンロードでアルバム「人差し指」を購入しました。
主題歌のまがじんが歌う「愛の伝説」もまた良い曲でした。
黄昏の都会はブルーな湖、青ざめたクルマが泳いで行くよ(中略)
人はふと知り合い、束の間の夢見て、やがてただ消え行くだけなの
私はほしい、すべてをかけて、生きる愛のいのちを
さよなら・今日は

朝倉理恵さん試聴サイト
http://www.sonymusic.co.jp/Music/Arch/SR/RieAsakura/

リンク
朝倉理恵「さよなら・今日は」 youtube
http://jp.youtube.com/watch?v=m7Tp4H89YL0
まがじん「愛の伝説」youtube
http://jp.youtube.com/watch?v=nWG5IEpfqx0
Chichikoさんのブログ「下落合が気になったわけ」
http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/2004-11-26-1


ちりとてちん(6)

ちりとてちん(6)
滂沱の涙再び

今週もちりとてちんでおつきあい願います。
今週は(3/10-3/15)は塗り箸イベントなどのテーマもありましたが、先週の木曾山君のエピソードから変わって、最後の大テーマである小草若の話しが中心でした。小草若は木曾山君の初高座でトリをつとめると自分で宣言したまでは良いが、会長からは小さな内輪の会場まで聞きに行くと言われて行けなくなってしまい、失踪してしまいました。失踪している間の1年数ヶ月の間の襲名騒動のなかで、弟子それぞれが、自分の生き方や考えをさらけ出していました。
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草々は小草若を思いやっているにも関らず、まだ頭と体の半分が恐竜のままなので、小草若の出奔の原因が、落語の腕前や、喜代美を巡る争い、親の家に結局は居られなくなったことなど、ほとんど草々に対して負け続けたことのへのコンプレックスとそれによる自虐によることなどが頭に上りません。落語しか頭にない草々は草原から「小草若のことだけ考えとったらあかん」と言われ、「俺かて辛いけど決断したんや」と責任感から襲名を承諾してしまう場面だったのですが、間一髪のところで免れました。
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二十年来の付き合いといっている草々に比べて、四草は付き合いが短いにも関らず、一番小草若を理解しています。小草若もそれを感じていたからこそ、四草のアパートに長逗留できたし、四草がずっと保護者のようにかくまっていたのだと感じました。
草々の襲名話に「それやったら僕に襲名させて下さい」と言って話の進行を止め、小草若が見つかって探しに行くという草々に対して、ついに「あんなアホのこと思てんなら行くな言うてんねん」と兄弟子に対して爆発し、「死んでまうわ。この上、草々兄さんに草若の名前まで取られてしもたら、小草若兄さん、ほんまに死んでまう」と泣きだします。小草若復活シーンよりもこの四草の行動に(底抜けに)しびれました。
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それでも四草は「師匠が生きてはったら、許しはらへんでしょ。あんな下手くそに、草若の名前」と言い、小草若の襲名にも反対します。この意味は最初理解に苦しみましたが、草々には襲名させたくない、しかし無理に小草若に草若を襲名して、重荷を負わせたくないという、まるで無辜の親の愛情のような視線だと感じました。師匠が同じ立場だったら、四草と同様に葛藤した挙句、本人の意思に任せたのではないかと想像しました。

草原にいさんは「筆頭弟子の俺が襲名できる思った、でも後から何で草原やねんと陰でコソコソ言われんのが怖かったんや。」とついに本音。人の評判を気にして諦観に至っていない段階で、芸が上手なだけの凡人に見えました。おとく屋から落語界に戻ったときに勇気を使い果たしたのでしょう。
若狭草々と同様、小恐竜で草若邸で無邪気に食事を誘うなどして、小草若にかえって居場所がないことを悟らせて失踪のきっかけの一部をつくったり、小草若に「自分の旦那が、草若になった方が嬉しいやろ」と聞かれ、「それは」と言いよどんだりします。仕方がないとは言え、これは小草若に大きなダメージですな。

草原にいさん以外は、生い立ちのなかで温かい家庭に恵まれなかった弟子が多いですね。草々は親と死別し、師匠の家しか居場所がなくなっていたし、小草若は、師匠の息子でありながら、師匠が頭を下げて迎えいれた草々が兄弟子で、親からは、実子に甘いと思われないためにかえって厳しくされていて草々に対していつも劣等感を持っています。(裏ではかわいく思っていても、子供は直接愛情を感じられないと、理解できません)。四草に至っては妾の子です。師匠と平米師匠(九官鳥)のおかげで、他人に対し心を開けるようになりましたが、この生い立ちから小草若の苦悩や葛藤が一番わかったのでしょう。

小草若さんは若狭に「大阪に帰ったってもええで。そのかわり、草々と別れてくれ。」といけずを言いますが、久しぶりに喜代美ちゃんと呼んだことからしても、半分以上は本心だったんだろうと思います。襲名の話などから、もう無理とわかっていても、その喜代美ちゃんが高座で難儀しているのを見て思わず復活。師匠が小草若の泣き出した後をついで復活するシーンとだぶって、両方のシーンとも、失踪したり落ち込んでいた親子である2人が、大事なもののためにわれを忘れて落語で救いにいった名場面で滂沱の涙を流しました。

あと2週間。最後はどうお話を磨きだしてくれるのでしょう。

加藤虎之介さんの似顔絵(やっくんち)
http://www.yakkunchi.com/gallery/toranosuke.html


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高橋 尚子さん

高橋 尚子さん

TVはあまり観るほうではありませんが、3.09の名古屋国際女子マラソンは、ちょうど「ちりとてちん」の放映のように、時間前からTVの前に正座して見ていました。でも、高橋選手は最初から遅れはじめて、差は開くばかりで見るのがつらくなるような惨敗でした。故障や手術などレース前には言えないような、いろいろな事情があったのでしょうが、これまで一杯元気をもらって応援していた身としては残念でした。軟弱な私は「これまでのシドニー五輪や、復活の2005年の東京国際女子マラソンなどでQちゃんから、元気と感動は十分もらった。あとは後進に道を譲って気楽にしてほしい。」などと考えてしまいますが、「私の走りを見て、生活の中で“頑張るぞ”って思いを持ってもらえるようなレースをしたい」という発言や座右の銘「何も咲かない日は下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く」などから考えると、まだまだ挑戦するのだろうなあ。そうだったら順位に関係なくこれまでどおり応援したいと考えました。

高橋尚子2 高橋尚子1 高橋尚子3
下記は3.09マラソンの代わりに、劇的復活を果たした05年の東京国際女子マラソンの記事です。こんな情景を再び見たいものです。

関連エントリ
佐瀬 稔「向こう見ずの愚かさとまでは書くことができなかった。あとはもうテラスで猫を抱いて暮らせとだれがいえるか」
http://77117c.blog118.fc2.com/blog-entry-13.html

引用記事
高橋尚子、復活のV…東京国際女子マラソン

2002.11.20YOMIURIONLINE


陸上・東京国際女子マラソン(20日・国立競技場発着)――高橋尚子(ファイテン)が大会歴代3位となる2時間24分39秒の好タイムをマーク、2年ぶりのマラソン復帰戦を優勝で飾った。36秒差の2位にジビレ・バルシュナイテ(リトアニア)が入り、2年前の大会で高橋に逆転勝ちしたエルフィネッシュ・アレム(エチオピア)は3位だった。レースは終盤、高橋とバルシュナイテ、アレムが先頭集団を作って競り合ったが、高橋が35・7キロでスパート、そのまま差を広げてゴールした。(スタート時=晴れ、気温10・5度、湿度50%、南南東の風1・5メートル)

◆「あの坂に負けたくない」◆
切れ味鋭いスパートだった。高橋は上り坂に差しかかる直前の35.7キロで勝負に出た。2年前、アレムに抜かれた因縁の坂だ。「あの坂に負けたくないという思いがあった。自分自身の思い出との戦いだった」。抜かれた39キロ付近で後ろを振り返った。「このまま逃げさせてほしい」。そう願っていた。
小出義雄監督のもとを離れ、練習パートナーらと結成した「チームQ」で挑む初レース。「前は監督に言われた通りにやるだけだったが、今は全く未知の世界」。練習内容は最終的に自分で決断したが、迷いの連続だった。「過去5年分の練習日誌を見たけれど、当てはまる所はなかった」。

2年ぶりのレースで勝ったのは大きな前進だが、最も価値があるのは指導者につかない状況で鮮やかな復活を遂げたことだ。「女子選手は自分がどうやって強くなったのかを振り返れないことが多い」と言う指導者もいる。指導者への依存度が高いためだが、高橋はその壁も突き破った。しかも、ふくらはぎなど右足の3か所の筋膜に炎症を起こした状態で、だ。

「前半は右足で地面を強くけっていなかった。それが出たのはスパートしてから」と、日本陸連の金哲彦・女子長距離・マラソン部長。上り坂の35~40キロの5キロは17分9秒の快ペース。「何とか足がもってほしい」。チームを引っ張る責任感を胸に、自らの力を信じて走った。「悪いことはたくさんあった。オセロゲームのように黒をすべて白に変えたい」。高橋はそう言った。(大野展誠)



インターネット前史 (閑話休題)

インターネット(閑話休題

本日もメールチェックに時間がかかりました。一日300通くらいくるなかで、95%がスパムです。自動振り分け/拒否でほとんど削除されますが、削除したメールに問題ないか、正規のホルダにスパムが残っていないかのチェックが必須です。いつからこんな風になったのでしょうね。ということで、本日のお題は「私的インターネット前史」です。


最初にインターネットを知ったのは1995年の初めでした。Windowsもまだ3.1のころで、接続するだけでもかなり大変でした。当時有料だったトランペットとかカメレオンとかのソフトで各プロバイダ毎にスクリプトを最適化しないと接続できなかったように記憶しています。接続手段も2400bpsのATモデムのダイアルアップ接続で、キャラクタベースでした。アプリケーションもFTP,Telnet,Netnews,Mailなどが主で、WWWは開発途中の段階で、FTPプロトコルに手を加えたいい加減なプロトコルという感じで邪道扱いされていました。この後、MOSAICが現れて飛躍的に表示が速くなったことを覚えています。(それからNetscapeやIE1.0に変わっていきました。)最初はネットを扱う雑誌もなく、アプリケーションソフトはAnonymous-FTPで接続して入手して解凍して使うしか手段がありませんでした。会社ではまだネットが形成されていませんでしたがアメリカでは比較的進んでいたため、95年当時、自宅からMailで出張のためホテルの予約をしたところ、アメリカからすぐに返事がきてびっくりした記憶があります。

HTMLデザインとエチケットに関する当時の名著
遅い通信手段のため、Mailは50Kバイトを常識とするなど、接続ルールも厳格でネットのエチケット「ネチケット」に厳しい先達も多くおりました。1995年末にWindows95が発売され、ネット接続が簡単になるということで95年夏ごろのプレビュープログラム(有料、たしか全国で3000名限定)に参加しましたが、GUI等あまりの改良ぶりにびっくりした記憶があります。その後、会社内でも社内ネットワークを構築することになり、これまでWindowsからDOSに降りて接続していたのを、大幅変更し、クライアント/サーバPCとも更新してNT3.5とWindows95で試行を始めました。メールサーバなどはUNIXでしたので立ち上げが大変でした。WWWサーバソフトもなくエジンバラ大学からダウンロードして社内LAN教育用のホームページを作成しました。まだ、ホームページ専用ソフトもなく、HTML教科書を見ながら普通のテキストエディタでタグを打ち込んでいたものです。
私は専門家でもなく、ずっとだだの1ユーザでしたが、ネットだけでも10数年、その前のパソコン通信も含めると20数経ち、接続速度など技術的には別ものと言えるほど進化しましたが、少数の人だけが使っていたころに比べエチケットも変わり、ずっと遠いところまで来てしまったという、隔世の感が隠せません。

95年2月購入のインターネット導入本。入手困難だった。

上は当時HP用に勉強した名著「ローラ・リメイのHTML入門」と、95年2月発行のWindows3.1ベースのインターネット導入本です。最近は構造も複雑な上にタグも忘れつつあり、GUI-HP作成ソフトのお世話になっております。ブログはFTPでサーバにデータを送らないなどHPとまた異なる作成法やルールがあるので、ぼちぼちやっております。スタイルシートも勉強しないとあっかーん。(師匠風)


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ちりとてちん (5)

ちりとてちん(5)

ちりとてちんは、相変わらず複数のテーマが複線的に絡み合って進行しており、週末に解決する方向となるのは、そのうち1つぐらいですので、時計がわりでない視聴者としては、いらいらが次週まで続いてしまいます。第21-22週にかけては、A子の再登場と今後、関連した塗箸製作所の秀臣さんの話、嘘山君の話が同時進行でした。そのなかでも気になったのがA子の置かれた立場と今後の話でした。

ちりとてちん51 ちりとてちん54

A子は再びB子の前に現れて、「結婚して製作所継ぐの、相手は誰でもええわ。」、「B子のせいで、私の人生メチャクチャや。」と訴えます。B子に「東京に行かないで草々さんのそばにおってあげて」と言われたにも関らず、自分の夢を実現したいからと、自ら東京行きを決めておきながら、それはないだろうと思いましたが、「そう言われてかえって、そのとおりできるわけがない」と反論します。また、草々にも「草々さん、いつ私の事好きになってくれたんですか?」などと聞きます。
大阪で小草若のアシスタントをしていて草々と知り合ったころが、自分が一番輝いていたときで、できればあの時に戻りたいと思ったのでしょう。女性は男性よりもあとをひかないと言われますから、再びよりを戻したいのではなく、自分に比べ、立派に成長した若狭(喜代美)に嫉妬して初めて劣等感を持ったのだと思っていました。

ところが

A子母から、A子のB子に対する気持ちとして
小学3年生の初対面で 「面白そうな子でぇ、あの子とやったら、ええ友達になれそうな気するんやわ。
高校生になっても「清海は、誰とでも仲ようできる子ぉやけど、一人でええさけぇ、親友が欲しいって言うとった。B子ちゃんと一緒に、三味線ライブやると決まった時、足引っ張ったらアカン言うて、毎日遅うまで稽古してねぇ。B子ちゃんと一緒にステージ立てんのがよっぽど嬉しかったんやろね。
と聞かされます。

B子も「私はA子の何を見て来たんやろか」と愕然とします。美人で何でもできるとずっと羨んでいて、苦手だと思っていた同級生が、何年間もずっと、自分と親友になりたいと思って一生懸命努力していたことが判らなかった、自分は何も見えていなかったということをようやく理解しました。

私もB子同様、A子が全く見えていませんでした。このシーンは泣けましたね。一瞬にしてA子が不憫になりました。でもA子本人はまだ、わだかまりが解けていないようで、誘われた落語会のポスターを返します。A子も自分でもB子のせいではないと理解していても、訴える相手がB子しかいなくて、ああいう形をとらざるを得なかったのでしょう。A子とB子が関係を取り戻すための日々が、さらに続きます。まさか、このドラマは小草若とA子がヒロインか?(B子は狂言回し?)

ちりとてちん56 ちりとてちん53

おかみさんのくれたつるつるてんのスーツに執着しすぎている草々に対し、「いつまでも思い出にしがみつくな」と、新しいスーツに変えさせるため、嘘山君に古いスーツを洗濯させた草原にいさんと四草はGJ。現在のおかみさんは若狭なんだからね。
四草のスタジオパークは、あれは違反ですね。「無名の自分を選んでくれたことへの感謝、期待に応えなければというプレッシャー」と語ったあとに、脚本の藤本有紀さんからのメッセ-ジ(他の出演者の時にはなかったのに)。「かわいくてカッコよく、ニヒルぼけ・・・。最後は一番のファンより」では加藤虎之助でなくても、目からよだれがでますよね。

小梅ばあさんは「いやや・・・」と秀臣に対して頑な態度をひっぱりすきたため、パス

DVD-BOX予約しました。




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現代学生百人一首

現代学生百人一首から



これまで詩や短歌は時々読んでいました。残念ながら私は歌心は全くありませんが、すばらしい歌には直接心に響くなにかを持っています。石垣りんさんや茨木 のり子さんなどは、読む前に身構える必要がありそうなので。軟弱な私は俵 万智さんや寺山 修司などが多いです。 

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学生の短歌を取り上げた現代学生百人一首のなかには、高校生や中学生でありながら、というか高校生や中学生だから、自分の進む方向を探している途中の段階でふと感じた、今の素直な気持ちを歌った秀逸なものがあります。数年分から気に入った数首を好みで選んでみました。なぜか女性が多いですが、この年代ではそれだけ、より自分を見つめているということなのかも知れません。

下表の中学生の福山さんは、下記新聞記事にも別の年度で掲載されており、連続受賞のようです。どちらもいい歌です。読んでいるだけで目からよだれが(ちりとてちんの四草さんのよう


気がつけばいつも後ろに君がいてそして変わらぬこの距離がある高3佐々木泰子
自転車の風を切る音聞こえればあなたが来たかと振り向く私高2五十嵐遥子
こんなにもたくさんの人がいる中でたった一人を慕う不思議さ高3鴇田久美子
全身がふるえるんだココロって液体なんだなあふれそうだもの高2桂井朋子
「できる子やあんたはやればできる子や」言われ続けて十六年高1福永知晃
秋風が君と私の帰りみち手と手をつなぐ理由をくれた高3日比さくら
夕焼けがとてもキレイで涙出た私は何をしていたのだろう高1中川真梨子
青みかんまだすっぱくて食べれないいつかは熟せ私の心高2阿部千恵子
鏡の前で十回練習したけれどあなたの前だと言えない二文字高2宇佐美静香
嬉しいな職場体験保育園やんちゃな子たちにチュウされギュウされ中2齋藤みなみ
朝顔はさみしがりやの誰かみたい隣の棒にすぐ絡みつく中2大野花菜
あなたから返事を待ってる間だけ空気と時間は密度を変える高3恩田桜子
おじいちゃんみんなの話題と違うけど私はちゃんと聞いてるよ高3岸友佳里
だんだんと母になりゆく姉がいておなかに話すやさしい笑顔高3村上真紀
好きだったその気持ちだけで十分と我に思わす六月の青空(そら)高2佐々木愛
こんなにも夢って重いものなのか十七の冬心が重い高2吉野 聡子
ふと気づくあなたの言った一言が私の穴を埋めていたんだ高2近藤あかね
なんてこと私の中で遭難中誰かあたしを見つけて下さい高3江原千明
なずなですぺんぺん草ですわたしです『わたしのすべてあなたに
ささげます』
中3福山なずな





リンク
東洋大学現代学生百人一首
http://www.toyo.ac.jp/event/issyu/kako.html

 


 朝日新聞 天声人語 2006年01月14日

東洋大が募集し、約5万8千首が寄せられた「現代学生百人一首」の入選作を読む。
三十一文字をつづりながら、自分や周りや世界を見つめている姿が目の前に浮かんでくる。

く私って何なのかしらと問う島に貴方は貴方と言い放つ空〉中2・甲斐菜摘。
く未来というワケのわからぬ存在を私の形に切り抜いていく〉高3・武井伶。
く喜一哀・楽仮面の上に描くたび己の顔をうしなう道化師(ピエロ)〉中3・増田菜穂子。

学びの中の一瞬をうたう。
く図書館の窓よりトンボ迷い込み草野心平に留まり、また飛ぶ〉高3・佐々木勇翔(ゆうと)。
く暴れだす牛の鼻環(はなかん)必死でつかむ感覚頼りの胃汁の採取〉高3・福島麻衣。
家族へのまなざしがある。
く花型のにんじん入りの弁当が昨夜の喧嘩を反省させる〉高1一代島千沙都。
く病室で流した涙の理由はね痛みじゃなくて母のぬくもり〉高2・高橋麻未。
戦後60年がたった。
く祖母が言う戦地に向かう祖父の背を涙こらえて送った日のこと〉高2・富樫拓也。
選外佳作からも一首。
く悲劇の日、忘れられない60年止まったままの11時2分〉高2・女子。
人と人のさまざまなつながりがある。
<こんなにも明るく晴れた天気でもみんなケータイうつむきかげん〉高1・山崎純平。
くなずなですあつかいにくい子なのですけれどわたしはあいしてるのです〉中2・福山なずな。

若い感性に力強さが宿る。
く刈られても刈られた分だけまたのびる芝のあおさに力みなぎる〉中2・鈴木奏慧(かなえ)。
く人生のブランコたまにはバックする大き〈前へこぎ出すために〉高1・田中結。




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音楽(クラシックと演歌以外)と、映画、PCの日々。古い話を含め、お気に入りを書いていきます。

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