These foolish things

音楽を中心に新しいもの、古いものをなどMy Favaritesを。時には映画やWho's Whoなども

尾崎 亜美さん (1)

尾崎 亜美さん (1)

幾星霜も昔、まだ4ビートのジャズのほかは、特に気に入ったジャンルやミュージシャンもなくて、色々な音楽を手当たり次第に聴いていたあるとき、FMから聞こえてきたのが尾崎亜美さんで、その場でファンになってしまいました。メロディー重視の曲が多かったなかで、崎亜美さんの曲はリズム感にあふれ、ポップな曲想でこれまで聴いたことのない種類の音楽で、あふれる才能を感じました。その後、キーボード/作詞/作曲/アレンジ/プロデュースまでするという驚愕の事実をさらに知りました。

  ストップモーションプリズミイ
最初に聴いた日は(1979.3.25)は4番目のアルバム「プリズミイ」がでた後での、このアルバムからの曲からライブで数曲演奏していましたが、リズム感あふれる、「テンプテーション」と、「あなたはショッキングシャイン」の2曲に圧倒されました。その後、アルバム、本、テープ、ビデオ等の他、出演する放送(NHKのニューサウンズスペシャルやマイラブリーポップスなどに良く出演していました。)などもほとんど追いかけて聴いてきました。またコンサートも近場に来たときは必ず聴きにいきました。

プリズミイの前に出ていたアルバムのその後すぐに購入しましたが、アルバム「ストップモーション」とその名前の曲が大のお気にいりで、後日、キーボードレッスンで、この曲をアレンジして試験に臨んだものでした。でもどうしても、このリズムが演奏できませでした。(一応、絶対音感はありますが、2拍3連ができないなど、リズム音痴でんねん)

下の画像をクリックすると、1979年当時で22歳になりたてで尾崎亜美さんの若々しい歌声が一部聞けます。
(パイオニアサウンドアプローチ、ゲスト:来生たかおさん)


テンプテーション  あなたはショッキングシャイン

リンク

クラブアミ(公式サイト)
http://www.amii.net/index.phtml

尾崎亜美研究室
http://homepage1.nifty.com/hihipapa/amiitop.html

尾崎亜美wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E5%B4%8E%E4%BA%9C%E7%BE%8E

試聴サイト
http://listen.jp/store/artist_1000928.htm
http://pc.music.jp/product/detailartist.aspx?aid=306

天使のウインク(youtube)
コンサートでは曲の途中から、突然アップテンポで照明もがらっと変わって感動したものです。
http://www.youtube.com/watch?v=FK-igNzQTqI&feature=related


俺たちの旅 10年目の再会

俺たちの旅
(10年目の再会、20年目の選択、30年目の運命)


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1975年頃、日テレ系で放送されたドラマのスペシャル版で金曜ロードショー枠などで、その10年後、20年後、そして30年後が同じメンバーで製作されました。1年放送された、連続ドラマの時も視ていました。10年目などのスペシャル版もあとから気がついて入手したりして、全部見ることができました。年月の積み重ねで変わるそれぞれに変わる人生が描写されるスペシャル版が心に残りました。

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そのなかでも、10年目の再会が特に気になりました。いつも一緒だった学生時代から10年たって、カースケ、オメダ、グズ六の3人もそれぞれ別々の場所で社会人になり、お互いの交流もほとんどなくなってしまっています。いつも太陽のように中心であったカースケの周囲で一歩引き気味だったオメダ(田中 健)は会社をやめて、奥さんの造り酒屋の田舎の豪家で、何不自由なく暮らしていますが、マスオさん状態がいたたまれなくなったのか、家出してしまい、船のなかであった薄幸の親子(永島暎子さん)と出会い、一緒に暮らし始めます。
これを探しに昔の友達や、洋子(金沢 碧)、妹の真弓(岡田 奈々)さんが再会して隠岐に探しにいくのが主なストーリーですが、この2人の女性の人生の悲哀が特に描かれて印象的です。

船であった女性は、母と子二人の生活のなかで、ふと知り合った訳ありのオメダを、だんだん頼りにするようになって来て、失いたくないので、探しにきた友達がいたことを最初はオメダに隠していましたが、見つかった後では、別れの予感から「どうしてやさしくしたのよ」と酒を飲んで暴れますが、最後は自分の居場所と役割をやっと見つけられた民宿での生活を失いたくないオメダを送りだします。

ヨーコは学生時代からカースケとお互いに好意を持ちながら結婚までに至らず、30年目に出てくる森本レオ扮す学者と結婚しますが、経済的にも、たぶん人間関係にも恵まれていないようで、探しにいった宿のなかで、真弓から言いにくそうに宿代を借りるシーンが印象的でした。また、それを察したカースケ(10年目では未だ結婚していない)が「おれのところに来いよ」と言いますが、「同情されるのはいや」と逃げていきます。女性にとって大學時代からの10年はあまりに長い年月ですからね。

私にとっては、学生時代に築けなかった濃厚な友人関係を、30年後の過去まで連続して描いた得がたいドラマで、挿入される小椋佳の歌も最高でした。

小椋 佳試聴サイト
http://listen.jp/store/album_00044002011824.htm
http://www.barks.jp/listen/?id=52009927

主題歌 俺たちの旅(youtube)
http://www.youtube.com/watch?v=ubw82mltDgc


ちりとてちん (2)

ちりとてちん(2)

ここ数日は「ちりとて」が頭の大部分を占めておりますので、本日は、ほかのテーマを取止め、先週に引き続き、ちりとてちんがテーマです。昨年の放送で師匠が高座に復帰した時の回でもかなり感動したものでしたが、先週はそれを上回りました。ほとんど小浜で魚屋食堂のC子(順子)と塗箸製作所のあほぼん(友春)が中心の話でしたが、おかあちゃんが関係者を集めた1/18(金)の放送がクライマックスでした。

順子のおなかの子について、草々を含めた和田家など三家族が話し合います。最初のころはみんな建前を言っていますが、次第に普段は家族でも話さないような、心の隅にあることまで本音で語り合うようになります。それぞれいつもの個性がにじみでていますが、それでも、二人と赤ちゃんのことを最優先で考えています。

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順子は「私は…私は一人で平気や。結婚なんかせんでも一人で子供育てるでぇ。お母ちゃんの田舎行ってお祖母ちゃんとこお世話になって、この子を育てる。」と強がっていましたが、B子に諭されて、「ほやかて私、怖いんや…」と言いだし、ついに「友春さんと…子供と一緒に…魚屋食堂をやっていきたい。」と話ます。常にB子にアドバイスをして、いつも冷静だった順子ですが、実は「人の身体って温かい」という気持ちが生じてきて一生懸命なアホである友晴を好きになったものの、赤ちゃんの件では本心を隠して強がっているのをB子に悟られて、ようやく自分の気持ちを話すことができました。泣きながら話す順子ちゃん(宮嶋さん)は名演技でした。

喜代美は「順ちゃん、何でそんな嘘つくん。何でほんまのこと言わんの?友春さんのことが好きなんやて。」と言い、さらに「順ちゃん。人生は、これからや。ドーンと人生のど真ん中歩いて行ったらええねん。一生懸命なアホに、順ちゃんもなってよ。1番好きな人と…幸せになってよ…。」とアドバイスします。逃げるように大阪に出ていったころからずいぶん成長しましたね。前の日に「どうしたらいいかわからない、順ちゃん」と4回も言っていたように、順子のことを、たぶん草々よりも、本当に気にしていたことで、順子の強がりでのうそも見破ることができたし、自然と「一生懸命なアホ・・・」と言えたのですね。「一生懸命なアホ」がたぶんこのドラマの核心をつく言葉だと思います。(B子が草々にいさんには捨てんといてください。というなど相変わらずへたれでけどね。)

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糸子かあさんは、「順子ちゃん。その出来ちゃった結婚言うの、やめなれ。そんなつもりやなかったのに出来てしもて…しゃーないから産むぅ~みたいな言い方しなんな。お腹の子ぉが可哀想やな。」です。ここの違いをはっきり理解しているところは、切れているようでさすがB子の母ですね。

最後に、順子父(幸助)「ただし…条件がある…。」と言い出し、条件とはと固唾をのんでいると「喧嘩はすな…。仲よう暮らせ。」 平凡な言葉ですが、まわりの夫婦がみな夫婦喧嘩状態のなかで、これだけ問題となったこの二人に結婚を許すというこのシーンの締めには最もふさわしい、言葉だと思いました。


1/18(金)のシーンは1つだけで、ノーカットで一発収録だったようですが、見終わった日は終日、思い出しては嗚咽が止まりませんでした。このドラマは自営業の後継者問題が常に伏線となっていますが、私も学校卒業以来、故郷に帰って家業を継ぐことなく、永い年月異郷で暮らしてきましたが、この間に故郷とは縁遠くなってしまったままで、もうやり直せない遠い日々を思いました。

いつもながら、主人公だけでなく、ほかの登場人物やその家族まで血肉が通った脚本と演技で、これほど根を詰めて朝ドラをみたのはかの「ちゅらさん(1~4)」以来です。


テーマ:ちりとてちん - ジャンル:テレビ・ラジオ

ちりとてちん (1)

ちりとてちん

連日、1日10件以上という、これまでにない厖大なアクセスを頂き、びっくりしており、厚く御礼申し上げます。のだめ in ヨーロッパの記事ちりとてちん風の「まくら」を書いたことがきっかけか、あるいはムツばあさんか、解釈に悩んでおります。そこで本日のお題はその〔ちりとてちん〕です。

主役の貫地谷しほりさんは、映画「スウィングガールズ」で上野樹里さんや本仮屋ユイカさんなど、バンドの主力メンバーとして、トランペット隊のリーダーとして活躍していたころから知っていたので、この朝ドラは注目していました。(ちなみにスウィングガールズDVDプラミアムエディションの切り抜きフィルムは橋の下でトランペットを練習する貫地谷しほりさんでした。)

郷里で、同級生で同姓同名の優等生がいたせいで、自分から脇役になって影に隠れている後ろ向きのヒロインを演じる貫地谷さんも名演技ですが、まわりの人達の役どころも草若師匠はじめ、はまり役で名演技です。登場人物は、みんな決して立派に前向きに艱難辛苦に立ち向かうわけではありません。師匠などは落語はやめたと言って毎日酒を飲んでごろごろしています。兄弟弟子も家族を養うためなどで落語を捨て別々の生き方をしています。でも喜代美の働きで兄弟弟子が再び落語をしに帰ってきます。(このところは映画「少林サッカー」でかつての兄弟弟子がビルの屋上で集結するシーンと良く似ていて、オマージュかと思ってしまいました。)

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弟子のなかでも茂山宗彦さんが演じる徒然亭小草若は、親の師匠が6年前に高座をすっぼかして女のところに行ったせいで、母が病気で亡くなったと思い込んで父と永年対立しています。誤解が解けたあとは自分で高座に戻って弟子が全員そろうなかで寝床寄席を行いますが、父にもらった名前の話になって泣きだしてしまいまい、師匠が復帰するきっかけにになります。小草若はタレントとして活躍してきたにもかかわらずおごらず、喜代美が入門しても結婚しても「喜代美ちゃん」と呼びます。彼が何年もタレント活動で徒然亭の屋台骨を支え、また徒然亭の名を保ってきたのでしょうが、そんな素振りは見せません。
1/11の放送で草々に「芸もないのに落語家名乗ってタレントみたいなことしてる奴が落語の値打ちを下げる」と言われて、喜代美が「バラエティで名前売んのかて、落語の宣伝です。」と言ったのも、悩んでいた時に、テレビ局で小草若にアドバイスことが裏づけにあったからでしょう。(草々も自分が小草若に同じことを言ったのに忘れてしまったようですね。)
こんなエピソードから、クールなようで実は暖かい四草も好きですが、一番のお気に入りは小草若です。師匠も年の功か、粋なもので草々と喜代美が結婚して初めて二人がお互いに見えてきたことを、「あの壁取っ払って、二人の間に障害がのうなった思うたら、そら大間違い。あの壁がのうなって、見えへんかったもんまで見えてくる。ええことだけやのうて、悪いこともな。ええか、分からんようになったんとちゃうで。分かってへんのや最初から。お前も若狭も互いのことを。」と諭します。年季が入らないと言えない言葉ですな。

それに比べ草々は若いというか硬い。落語が最優先なのは判りますが、師匠のいうように「たかが落語」でもあるのが理解できない。また、おかみさんを若狭に求めるのは間違い。「他の人のようになってくれ」、それも会ったこともない亡くなった人のようになんて言うのは無理だし禁句です。頭が固いのは喜代美の父親も同じですね。喜代美「そんなこと、生活できるだけ稼いで来てから言うてください。」←当然。草々は上沼恵美子のナレーションが良くいう「まだ子供でんな」で人間的な幅が狭いのがもう一つと思っていましたが、これもたぶん後半への伏線でんな。

毎週、起承転結があり、週末の金土には、時には何ヶ月か前に丹念に仕込んだ伏線が顕在化して、クライマックスが訪れます。電車のなかでワンセグを録画して見ているので、思わずボロボロ泣いてしまい、周囲の人から不審がられています。まさに、伏線の月曜日、笑いの火曜日から仕込みの水曜日、シリアスな木曜日、泣きの金曜日、そして号泣の土曜日、渇望の日曜日(2chより)ですな。

正月明けは少し重かった。下記、朝日新聞記事と同感でこのまま好調をキープしてほしい。なんといっても脚本が全てにおいて完璧だと思います。

リンク
http://www.yakkunchi.com/review/asadora-chiritote.html
http://takeyama.jugem.cc/?eid=885

下記は朝日新聞の記事。先を越されてしまいましたがベタぼめです。

ちりとてちん
時計代わりにならぬ充実度(2008.01.09)

「時計代わりとも坪ばれる朝のNHK連続テレビ小説。今は「ちりとてちん」が放送中だ。視聴率的には前作などに比べ、あまり芳しくない。では、中身も芳しくないかといえば、まるで逆だろう。
お話は福井県出身のヒロイン(貫地谷しほり)が大阪に出てきて、落語家になるというもの。ここに盛り込まれたエピソードやせりふ(作 藤本有紀)が驚くほどきめ紬かいのだ。こうしたドラマ、ややもすると、登場人物や物事はヒロインとの関係だけで描かれがち。相関図にすると、すべて主人公に集まって放射状になる。だが「ちりとてちん」には、脇筋にも充実の物語かある。師匠とその息子の物語、一度は落語を捨てた兄弟子と妻の物語。例えば彼が落語に戻るかに迷いつつ「落語は思い出しとうもないわ」とつぶやくと、妻が言う。「落語を思い出しとうないんやなくて、落語が楽しかったことを思い出しとうないんやないの」。この説得力、この感動。これが週に何度も訪れる。お仕事ドラマやホームドラマの要素も、親子愛も師弟愛も夫婦愛も、そして北川悦史子はりに描かれる恋愛も、モろっている。小道具の使い方も心憎い。例えばヒロインの父が生業とする塗り箸。親子の葛藤を語る道具にも、芸の継承を語る道具にも、ちょっとした素材でも磨けば輝くというヒロインを励ます存在にも、そしてその持ち方で彼女の家のしつけの正しさも語る。すべてを備え、すべてに意味がある。それぞれがそれぞれとこまやかにつながり、伏線となり(何週間もたってから伏線と気づくことずらある)相関図は網の目状に)しかもそれらが落語家を目指す、という本題と重なる。この(全体性)には驚くほかない。ノ
が、最大の驚きはヒロインが同姓同名の美少女同級生に対ずる劣等感を抱いているのそはじめ、すぐに後ろ向きにになることだろう。「おもてなしの心」を唱え、いつも前完きの前作「どんど晴れ」のヒロインとは大違いだ。しかし劣等感やねたみが生きる力になることは少なくない。つまり、実に普遍的なのだ。このこまやかにして・充実の物語が緩急自在に展開される。ときに意衷も突かれる。つまり、目が離せない。「時計代わり」になりえず、視聴率が芳しくない理由の一つだろう。でも、だからこそじっくり見たい「ちりとてちん」。あとは後半も、この好調が続くかどうかだ。
(大西若人)


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のだめカンタービレ in ヨーロッパ

のだめカンタービレ in ヨーロッパ

新年早々、ようこそのお運びで厚く御礼申し上げます。(ちりとてちん風)

今日のお題はのだめカンタービレスペシャル in ヨーロッパその1と2です。1/4と5にスペシャル枠として、合計5時間近く放送されました。1/4は千秋中心のストーリーでが国際指揮コンクールで優勝するまで、1/5はのだめがコンセルヴァトワールやリサイタルなどを通じて成長していくさまを描いていました。

コンサート 初指揮

ストーリーは大筋ではコミックと共通でしたが、オリジナルと思われる部分もかなりありました。二人がヨーローパのクラシック音楽が生誕した地にいて、音楽を全身で感じて本質をつかんでいく内容でした。千秋は指揮コンクールの三次予選で、競争者を意識して上手に自分の指揮法を発揮できなかった部分で、完璧な人間はいないという部分を示していましたが、のだめのエピソードではさらに苦悩してあがく様子がよく描かれていました。入学はしたものの、楽曲の解釈や初見演奏は年下の子供にもついていけないお客さん状態で、肝心の最初のレッスンでも「この学校に何しにきたの、べーべちゃん(あかちゃん)」と言われてしまいます。でも先生のアドバイスで「作曲者が伝えたかったことを理解すること」,「演奏は聴衆に楽しんでもらうため(たぶん)」などをサロンコンサートなどを自分で会得して成長します。互いの進度で抜いたり抜かれたりしている状況、現状の立ち位置や把握できず、離れていたための感情のもつれからけんかとなり、のだめが「けつの穴の小さい男ばい」と博多弁でとび蹴りするシーンは二人の苦悩と解脱の体験をお互いに爆発したのち、再び共有するシーンで、音楽家である二人の人間くささに共感しました。

クラシック音楽やあるいはほかの芸術でもそうでしょうが、成功するには才能、努力のほかに運が必要です。実際にはそれ以外に、いい楽器、いい先生にレッスンを受けるための諸々の費用など経済的裏づけがさらに必要と思われること、またクラシック音楽はヨーローパの貴族をパトロンとして成立したローカルな音楽であって、最高で唯一無比と崇めることはおかしいと感じることなどから、私はクラシック音楽には愛憎相半ばする複雑な気持ちをもっていました。

のだめが聴くアヴェ・ベルムコルプス

ただし、のだめが悩んでいた日々のなかで、ふと教会から聞こえてきたモーツアルトのアヴェ・マリア(アヴェ・ベルムコルプス)を少年と一緒に聞いている小さなエピソードのシーンが心に残りました。アヴェ・ベルムコルプスは私が合唱をしていた高校生のころ、バッハやシューベルト,アルカデルトなど色々な作曲家のアヴェ・マリアと共によく歌った懐かしい曲でした。教会で聖歌隊として歌ったりしたこともありました。あのころはまだクラッシックに対する上記アンビバレンツな感情はなく、ただ仲間といいハーモニーを得る楽しさだけでした。

アヴェ・マリア試聴サイト
http://listen.jp/store/album_5312900001.htm

アヴェ・ベルムコルプス(youtube)
http://www.youtube.com/watch?v=GX6z79mz4BY

エキストラにも参加した、連ドラののだめカンタービレ(1)~(4)の記事は下記です。
http://77117c.blog118.fc2.com/blog-entry-14.html
http://77117c.blog118.fc2.com/blog-entry-15.html
http://77117c.blog118.fc2.com/blog-entry-16.html
http://77117c.blog118.fc2.com/blog-entry-17.html

 


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秩父山中 花のあとさき

秩父山中 花のあとさき
秩父山中 花のあとさき(ムツばあさんの秋、続編)

続編オープニング数年前、下の記事を読んでから、ずっとこの放送をみたいと思ってきましたが、今回、再々放送でやっと見ることができました。下の記事の放送は2002年当時のものでしたが、2006-2007年度に再度取材したもうひとつの番組とともに放送されました。

埼玉県の山奥にすむ老人ばかりの小さな集落での老夫婦の四季を静かに撮影しています。山村は何世代も前からずっと養蚕、林業と農業が主な産業でしたが、林業は外材に押されて衰退し、山は手入れがされないまま荒れていきます。山の斜面にやっとの思いで開墾した畑で作る作物も輸入品に押されて競争力がありません。鍬で毎日のように丹念に世話した畑で3年かかってやっと収穫したこんにゃく芋はわずか1kg90円にしかなりません。街で働いた時は昼休みや日曜があって楽だったという生活から、山村の生活の厳しさが伺えます。畑の手入れ、蚕の世話、家族の面倒や下の井戸からの一日何回もの水くみなどで朝早くから夜遅くまで体を動かし続けてきたのでしょう。

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それでも、ムツばあさんなど村の人たちは愚痴をこぼしません。生業(なりわい)が成り立たなくなって街に下りていった人を恨むでもなし、水道が通じて昔より楽になったといっては感謝します。また、自分たちがいなくなってもふと訪れた人達が楽しめるようにと、花木や紅葉の木を丹精こめて手入れした畑を山に返すときに植え、さらに道端にも植えます。その数(かず)、数万本の木は小さいものは花が咲くまでに大きくなる時までは生きられないでしょう。それでも、山への感謝をこめて無償の行為を続けています。猪が畑を荒らしても「人間が実のなる木を切って薪にし、杉を植えたせいで食物が減ったせいだ」と人間の営みのせいにし、猪に同情します。

病気で里に下りて子供達の家に滞在することもありますが、現代風のそれらの家がなんともうすっぺらに見えてしまい、お蚕さんを飼っていた現在は荒れ果てた2階をもつ山の古家が輝いて見えることでしょう。もちろん、大家族のうち、長男のみが村に残り、それ以外は外に出ていかざるを得なかった事情、さらに昔の生活は我々が想像できないほどきつかったことなどもあるとおもいます。それでも生きている間、絶え間なく、自らの体を動かしつづけ、自給自足を旨として金儲けとか、名を立てるということに無関係に生きている人達は、すでにそういう生活が不可能になっている私の魂に響きました。
2007年に作られた続編ではさらに過疎が進み、集落の人数も5-6人になります。もはや使っていないかつての山畑への道を、わずか4人で共同作業で普請して後世に残そうとします。自動車道が通じてもはや不要と思われるものでも残す努力を怠りません。番組の最後で、ムツばあさんは脳梗塞で倒れて入院します。回復してももはや山へは戻ってこれないかも知れません。

高度成長期の前までは当たり前だった、このような生活を見て、私たちが来てしまった永い年月を思いました。山に生まれ、山に生き、山に還る一生。かくありたしと思えど二度と得られない、来ることのない日々でしょう。

 


感動の研究 最終回 近藤勝重
かくありたし
(2002.12.25 毎日新聞)


NHKの感動番組と言えば「プロジェクトX」が定番だが、「にんげんドキュメント」も地味ながら味わいがある。ごく普通に日々の暮らしを生きている人々に焦点が当てられたとき、その味わいはより深くなる。「ムツはあさんの花物語~秩父山中段々畑の日々」も、小林公一さん(76)ムツさん(78)夫婦の一年を淡々と追っていた。2人が住む埼玉県吉田町太田部楢尾は養蚕や炭焼きの衰退で村人も減少し、お年寄りばかり5戸9人の村になってしまった。小林さん夫婦は、耕し切れなくなった畑を一つずつ閉じて、そこに木や花を植え続けている。「これまでお世話になった畑が荒れ果てていくのは申しわけない。せめて花を咲かせて山にお返ししたい」という思いからだ。ムツさんは言う。「もし人が山に戻ってきた時、花が咲いていたらどんなにうれしかろう」2人で植えたもみじは真っ赤に葉を染め、小さな花の苗は大輪の花を咲かせている。色付いた葉に足を止め、写真に撮りたいと言う通りすがりの人に、ムツさんは「ずうっと上にもありますよ。向こうにも大きいのが」と顔をほころばせる。自分たちがいなくなっても、毎年花は咲いてくれる。そう思ってひたすら種をまき、苗を植える2人の日々の営みが、視聴者の胸を打ってくる。

このドキュメントは今夏に放映されたが、アンコールが殺到、秋に再放送された。町役場や秩父市観光協会にもムツはあさんの山へ の問い合わせが相次ぎ、多くの人が車を走らせ、山道を歩いたようだ。山でひっそり暮らすお年寄りにみんながなぜこれほど心を動かされたのだろう。小林さん夫婦の姿からは、お金や地位や名誉といった世俗の価値はかけらも見えない。見えてくるのは山への感謝の念だけだ。欲も得もない人生の秋冬模様である。

人は心のどこかで人としての望ましい生き方を思い描いているものだ。山肌を慈しむように生きる老夫婦に覚えた感動は、そのまま多くの人の胸の中で「かくありたし」という思いとなってふくらんだはずだ。人はいかに生きるべきか。こう言うと何か大層だが、感動を覚えると、人は時としてあらたまる。一筋の道に立たせてくれるのも感動なら、後押ししてくれるのも感動だからだ。私も毎週のこのコラムをこう思って書いてきた。言葉であれ、光景であれ、感動したシーンには理想の自分が見えている-。
(専門編集委員)


リンク
NHKアーカイブス川口
http://www.nhk.or.jp/archives/kawaguchi/event/070617bangumi.html

toru iwasaさんのブログ「最高のもみじ」
http://www.toruiwa.tv/blog2/blog.cgi?time=1197505093&id=toruiwa&category=11

201012.30追記
大晦日2010.12.31にムツさんシリーズの再放送があります。
http://www.nhk.or.jp/bsbest/program/program_04.html

再放送予定
NHK-BS2 1/10(木)16:30-18:00
秩父山中 花のあとさき

NHK-BS2 1/11(金)16:35-18:00
秩父山中 花のあとさき(ムツばあさんの秋、続編)









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音楽(クラシックと演歌以外)と、映画、PCの日々。古い話を含め、お気に入りを書いていきます。

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