These foolish things

音楽を中心に新しいもの、古いものをなどMy Favaritesを。時には映画やWho's Whoなども

ちりとてちん(10)

ちりとてちん(10)
そして歴史へ

ちりとてちんの完全版のほか、まいご3兄弟につられて散財して総集編も買ってしまいました。
まいご3兄弟のメイキング映像もそうですが、メイキング画像の吉弥さんと遠藤CPのやりとりは、まいご本編よりも長いくらいで楽しかったです。仲の良い様子も十分に伝わり、裏方の方々の仕事も十分楽しませてもらいました。 
 
ちりとて107c 
完全版3の扇子と、メモリアルブックのプレゼントも応募しました。ついでにファミリーミーティングも。
どれか一つでもあたるといいですね。といってもメモリアルブックのプレゼント対象はほとんど持っています。

ちりとて106  
今でも、映像なしで色々な場面を思い出しているだけで、目からよだれが出てきますが。毎日の放送をリアルタイムで見ていた時とはなにかが変わってきていると感じます。本放送終了後に、本編になかったもので、新しく見たものは「まいご3兄弟」と「正平・順子のふるさと福井」くらいで、本編に関しては(当たり前ですが)、時間が止まっており、毎日放送されていたころは、生きていた登場人物のドタバタ喜劇を毎日一喜一憂して、共感したり反発したり、泣いたりしていたりすることが、今はもうできなくなっているからなのでしょう。

つまり、ちりとてちんはだんだん、私のなかで「ちゅらさん」や、「私の青空」などの好きだった連続TV小説と同じように、次第に歴史になりつつあるということなのでしょう。歴史上の人々はいくら名声が高くても現在に生きているわけではありません。決して価値が下がるわけではありませんけど。役者さんもスタッフも国友さんも、クランクアップした作品には留まれないのが当たり前で、(チームも解散し、セットも直ぐに解体されるでしょうから)、作品から得たものを糧にしてさらに次の作品に全力投球するのでしょうから。そういう点では「スウィングガールズ」は異色でした。映画のプロモーションから本当のコンサートまで成功させた稀有な例だと思います。

これは、めぞん一刻で、音無響子さんが、亡くなった夫の惣一郎さんの墓前で「生きている人たちがだんだん私のなかに入ってくる、自然に忘れるときがきても許してください」と語りかける気持ちに通じるのかも知れません。

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また、下のエーラムさんのブログ記事
http://plaza.rakuten.co.jp/eiram9189/diary/200808310000/
の感じと似ているかも知れません。 (下記記事の病院とは公式掲示板のことです。)

ご報告
エ〜ラムは、ついに「ちりとて病」が治りました。ええ(良い)、病院見つけました。
もう、今日でその病院は閉鎖されるみたいですが。ホンマに治って良かったです。
これで、勉強できます。

掲示板はびじゅにさんほか個人のHPやブログのほか、2ちゃんねるや公式掲示板も今でもずっと見ていますが、公式掲示板は、半ば常連さんたちの連絡掲示板と化していて違和感を覚えました。

現在は遠藤CPと、映画「檸檬のころ」つながりで谷村美月さん主演のキャットストリートを視聴しております。 映画も谷村美月さんの「ユビサキから愛を」を視聴中。「カナリア」、「天然コケコッコー」なども今後見る予定です


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ちりとてちん(9)

ちりとてちん(9) 
メモリアルブック 


ちりとてちんの放送も終わって、早くも4ヶ月近くたちますが、その後も完全版DVDが次々に発売されたりして、なかなか抜け出しそうにありません。最初は自分なりにお気に入りの場面を選ぼうかとも考えていたのですが、DVDを見始めると、もういけません。ほとんど全てが名シーンで選ぶなどということができません。思い出したり、新たに気がついたりして、落涙がとまらず、なかなか先に進みません。それでもうDVD3巻目が手元に届くころになっても、第2巻目の途中を視聴中です。

メモリアルブック 
先日、予約してあった、「メモリアルブック ↑」が到着しました。
巻頭の厳選名場面集で6ページにわたって写真が掲載されています。改めてB子の相手役である草々、B子と対をなすA子のドラマでの存在の大きさを思いました。3人がお互いを気遣いながら、それでいて、みんな鈍感なところもあり、相手の気持ちが読めずに葛藤を繰り返していました。名場面集はステラ5/9号の中とじ「ちりとてちんめいっぱい」にもあり、私ごときが再度トライする必要もありませんね。

メモリアルブックはあらすじやこれまでのステラの再録もありますが、それでも、番組収録中の記事を、出演者にあとからフォローしてもらうなど細かい気配りを感じました。それ以外にも細かい資料やオフショットなど、が山盛りです。
この本と、そのまえの(ちりとてちん)ステラシリーズを担当している国友さの担当を超えた熱愛ぶりに感動しました。記者が担当の仕事としてではなく、熱烈なちりとてファンが、ドラマの収録やロケの立ちあい、インタビューができる立場にいられて、番組終了後、自分でこの本を企画して実現させ、それを徹夜の連続で完成させて、届けてくれました。自分で全身全霊投球したと言える仕事が出来たとは、偉いし、羨ましい(・・・もかくありたし)。NHK本体と異なる会社の所属で、現場では部外者として振舞わなければならない場面も多くあったろうし、大組織のなかの子会社の限界もあったのでしょうが、それを熱意と行動力で壁を打破してしまいました。 国友さんに感謝!!

中とじ特集めいっぱい  

彼女(あまりの行動の破天荒ぶりに、これまで男性だと思っていました。すみなせん)の編集日誌から

<ちりとてちん>を愛するあまり、こんな末端ページまでたどりついてしまった皆さま、満を持してこんにちは。日々ヘタレ全開中、『NHKウイークリーステラ臨時増刊 ちりとてちんメモリアルブック』が発売されて忘我の境地にいる、ステラ編集部K友です。校了してからの記憶がとんとございません。燃え尽きちまったぜ、真っ白に……。そういうわけで、本日ついに『メモリアルブック』が発売になりました!
(中略)
できれば完成までの紆余曲折を、そこはかとなく感動的につづったりしてみたかったのですが、こうなると、なしくずしに完成しているように見えますね。わりと波乱万丈だったのですが、今さら「完成までにはこんな山あり谷ありだったんです!」と騒いでもリアリティーがないので、この際、そのへん割愛です。
『メモリアルブック』できました!(終わり)。
で、手元に届いた皆さま。そして、書店でお買い求めいただいた皆さま。『メモリアルブック』いかがでしたでしょうか。あ、いや、やっぱ言わないでください!!
全力投球を通り越して“全身全霊投球”した本なので、怖くて聞けません。が、勢いと愛だけはたっぷりの……というか、勢いと愛だけでできた1冊です。自分で作っておきながら「ここまでやるなよ」と引いてしまうページがある始末です。いま愛宕山か梅丈岳に登れるならば、かわらけ投げてます。「皆さんに満足していただける1冊でありますようにー!」表紙の喜代美と一緒に<ちりとてちん>の世界を振り返っていただければ幸いです。

ABC子勢ぞろい 

遠藤CPの国友さんへの賛辞。CPもBKにあって、AKの嫌がらせに耐えて感謝祭を実現するなどかなり度胸が据わっていると思います。(AKに連行されたようですが)

広報チームのしんがりを務めますのが、今この『メモリアルブック』を編集しているステラのK友さん。毎週の記事のために台本を読み込んで「きっといい写真が撮れる」というシーンにはカメラマンを送り込み、東京から大阪の収録スタジオに通って出演者に取材し、販売部の反対を押し切って?徒然亭四兄弟を表紙に抜擢し、あふれるバイタリティーと類まれなる文章力で、《ちりとて》を盛り上げてくださいました。HPなどにも載っていた「自信なし。特技なし。将来の夢なんてわかんない。悩めるへたれな女の子、落語家をめざす」という番組のキャッチコピーは、何を隠そうK友さんの発案です。「放送が終わった番組の本を出して売れるのか?」という販売部を説き伏せ、ついに『メモリアルブック』発売を勝ち取りました。もう明らかに商売抜きです(笑)。そのK友さんを上記のファン集団……てはなく、〈ちりとて〉広報チームが一丸となってバックアップし、この本が完成しました。そんな熱い人々が作ってくれた『メモリアルブック』。面白くないはずがありません。ぜひ隅々までお楽しみくださいませ。

メモリアルブックのサイト
http://www.nhk-sc.or.jp/chiritote/

 

 


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ちりとてちん(8)

ちりとてちん(8)
ついに千秋楽

ついに楽日が訪れました。最終26週は若狭が妊娠・出産によって、落語家を引退し、おかみさん、あるいは、おかあちゃんみたいな母親になることが自分の道だと、自覚する内容でした。これが脚本家の最後に伝えたかったことなんだろうかと思いました。

今日現在、まだちりとてちん全体を振り返るだけの余裕は持てませんが、喜代美と弟子たちを中心にした人々(みんな一生懸命なアホ)がそれぞれに係わり合いながら、喜んだり落ち込んだりしながら、懸命に生きていくさまを描いた群像劇だったのかとおもいます。物語の大きな構成としては
1.喜代美が自分の生きる道を探してふるさとを捨てるまで
2.弟子たちの再結集と師匠復活まで
3.師匠が亡くなるまで
4.小草若の復活と常打ち小屋の落成
そして、最終週の若狭の自覚(エピローグのようでもある)というくくりかと思います。

正太郎ちゃんと喜代美 おかあちゃん

私としては、師匠が亡くなるまでが、毎週秀逸な内容だったという思いで一杯です。 弟子たちが、それまでの職業を変えて落語家に戻る場面、師匠が不治の病になって、わが身を短い命のセミに例えて庭で一人たそがれていく場面など、師匠が亡くなるまでの週では、芸の上のトラブル以上に、重い人生の岐路に立たされた師弟それぞれの生き方の決断を迫られるシーンが多く身につまされました。毎日のように、録画を何度みてもその都度感涙に咽んだり、嗚咽が止まらなかったりしたものです。(要は目からよだれがでたということ)

師匠復活!

師匠が亡くなってからは、物語に重みがなくなって、浮かんでいるような気がしたものですが、それも脚本家の意図で、師匠の不在での空虚さを示すために、わざと描いているのかとも思いました。

あれだけ、落語に打ち込んでいた若狭が、あるときから自分の演じる落語に違和感を持ち、最終的におかあちゃんやおかみさんの道を選んだのは、落語家と両立できない不器用なB子の喜代美が下した結論だから、ある程度理解できるにしても、草々の言うように「今までの修行、全部無駄にするつもりか」。でんな。他人にないキャリアを捨てるのは師匠や兄弟子、小浜の家族、寝床メンバーそしてファンの人達の支援や気持ちをどう考えているのかと思いました。

かわいいね ついに襲名

兄弟弟子たちの話題はトラブルの場面でも、いつも楽しませてもらいました。でもあれほど道に迷っていたヒロイン小草若が自分なりの落語を見つけてようやく四代目草若を襲名するシーンは、その間の心の揺らぎや覚醒に至るまでの経緯を、数秒の高座のシーンだけでなく、菊江さんなど、ずっと支えになってくれた人達の祝福の様子などを丁寧に描いて欲しかったとおもいました。四草の生き方などの描きかたでも同じ感想を持ちました。


私はずっと小草若ファンでしたが、途中から四草も加わって両方とも好きになりました。演出家の期待どおり、上手に役を演じるだけでなく、役者の役作りを超えた生身の人間が醸し出す感情の機微が見事で、演技の神が乗り移ったような状態になっていたのではないかとさえ思いました。



いろいろ、細かい感慨はありますが、久しぶりに観る価値のあったすばらしいTVドラマでした。今後、長く放心状態がつづきそうです。(ドラマ対象でいえば数年間?)

 



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ちりとてちん(7)

ちりとてちん(7)
大団円近し

ついに大団円に近づいています。
本当のヒロイン(と思っている)小草若もやっと草若邸に戻ってきました。一番最初に抱きついたのは草々でした。草々は小草若の落語に対する親譲りの潜在能力は認めているにもかかわらず、小草若が「愛宕山」を高座にかけるといったときに、あからさまに見下していたように落語については、自分のほうが上だと思っていたのでしょう。でも、自分が師匠と血のつながりがないことで疎外感を持っていたのとおなじように、血筋から当然、落語に対して天賦の才能を期待されつづけてきた小草若の重圧にも遅まきながらやっと思いを馳せることができて、戻った小草若に対して、自分が師匠にされたように飛びつかせたのでしょう。

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四草は、当初はこらえていたのでしょうが、草原にいさんから目で問われ、万感の思いを込めて「小草若兄さんは、底抜けのアホです。」と飛びつき、兄弟弟子で固まって号泣します。またまた連れ戻しに成功した、若狭は集団の中に行きませんでした。草々のときには飯場で「大丈夫、私がついている」と言い切っていましたが、小草若の場合は喜代美の窮地に自ら覚醒します。やはり夫婦と兄弟弟子との違いで小草若に対してはその程度の思いだったのでしょうね。

最終週ちかく、ツボにはまるシーンも色々。
小次郎も当選した宝くじがで奈津子さんには内緒で五木ひろしを呼んで、あとで奈津子さんにばれますが、「私が文句言うとでも思うたんですかね。そんな了見の狭い女やって思われてたんやろか思ったら、何か腹立って」と結婚資金に使わないで出演料に使ったことを咎めず、黙っていたことのほうを責めるのも良かった。小次郎おじさんはフリーターでも結婚できましたが、このカップルだったら緒方姓でも良かったのでは?

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A子が過去の確執に対して詫び、塗り箸の修行を願い出た時に「わしは、秀臣さんに9年も塗箸教えてもろたんやで」と了解するシーン。人生のうちの最良の期間の何分の一かも費やした、重みを理解した言葉でした。

常打ち小屋のために、常連さんや小浜の和田家(お金はなし)が浄財を持ち寄り、それでも足らずに小草若が草若邸を売る決心をし、その前に青空の下で最後の落語会を師匠達を含め皆で笑いころげるシーン。それぞれ、笑いと涙が一緒にこぼれるどれも素敵な場面でした。

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それなのに、
最終日には、若狭は落語を止めておかみさんか母親業に専念する雰囲気です。同時に複数の仕事をこなせないと悟っている不器用な主人公が、自分で決めたのでしょうが、10年以上、一人前になるまで、暖かく支えてくれた兄弟子や周囲の人々の期待、あるいはいっぱしの落語家が突然いなくなることに対し、どう思っているのでしょう。
「おかあちゃんみたいになりたい」は、専業主婦でなくても可能だと思われます。最後の結末はわかりませんが、「結局、女は家に帰るべし」という、ありきたりの場面は見たくありませんね。
「他人にライトを当てることもすばらしい」かも知れませんが、所詮、アルバイトできた草原の息子でもできる仕事、他人のできない努力を積み重ねて、高みに到達したものには光を浴びる責任と権利があると思います。


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さよなら・今日は/冬物語

さよなら・今日は/冬物語(日本テレビ)

カノンさんがでると言うのでちりとてちんの流れでみた、3/19のNHKスタジオパークに原田 芳雄さんが出演していました。本ブログの過去の「横浜ホンキートンクブルースの記事(http://77117c.blog118.fc2.com/blog-entry-26.html)でも、一部取り上げていますが、現在70歳に近いはずですが、そう見えません。顔からいい歳をとってきたことが伺えます。昔みた日本テレビでの若かったころの原田芳雄さんのドラマを思いだしました。
スタパライブ スタパライブ

1971-1974年ころに浅丘ルリ子さんと日本テレビで
2丁目3番地
冬物語
さよなら・今日は

等を共演していたようですが、当時そのうちの、「冬物語」と「さよなら・今日は」は印象深く見ていました。

冬物語は宗方財閥の社長婦人である信子(浅丘ルリ子、未亡人となる)とテスト・ドライバー乾良之(原田芳雄)が中心の物語でした。紆余曲折の末、信子は離婚し、脳に重い病気を持つ乾が、最後は北海道の雪のなかで亡くなる悲恋物語でしたが、ストーリーも目新しく、またロケシーンが多く当時、新鮮に感じました。
特にテーマ音楽のフォー・クローバーズ「冬物語」が大のお気に入りでした
歌詞の「木枯らしは寒く乗り換え駅に、行方しらず、旅は続く、愛の切符てにして、行き交う人は巡礼のよう・・・」には、当時から何とカッコイイ歌詞だろうと、はまってしまって現在まで冬になると歩きながら思いだします。

現在ではオムニバスのCDの一曲として一部試聴ができます。
http://www.neowing.co.jp/detailview.html?KEY=VPCB-83403

リンク
白夜紀行(wooden_soldierさんのページ)
http://plaza.rakuten.co.jp/woodensoldier/diary/200708180000/
youtube
http://jp.youtube.com/watch?v=li4rq-5aLMU


ノベライズが出ていたことを後で知り、探して購入しました。

ノベライズ本 若い頃(本の表紙の裏扉)

さよなら・今日は
当時真剣に見ていたのに、最終回までのストーリーはあまり記憶がありません。最終回で家族が住んでいた家が取り壊され、家族がばらばらになっていくシーンでしたがが、輪廻回生のように将来再び、めぐりあうといったテーマだったと記憶しています。岸辺のアルバムのような、当時としては斬新な、今日の社会や家庭の仕組みの崩壊をを予想していたかのようなテーマでした。

これも朝倉理恵さんが歌う、挿入歌「さよなら・今日は」が大好きでした。最近、ダウンロードでアルバム「人差し指」を購入しました。
主題歌のまがじんが歌う「愛の伝説」もまた良い曲でした。
黄昏の都会はブルーな湖、青ざめたクルマが泳いで行くよ(中略)
人はふと知り合い、束の間の夢見て、やがてただ消え行くだけなの
私はほしい、すべてをかけて、生きる愛のいのちを
さよなら・今日は

朝倉理恵さん試聴サイト
http://www.sonymusic.co.jp/Music/Arch/SR/RieAsakura/

リンク
朝倉理恵「さよなら・今日は」 youtube
http://jp.youtube.com/watch?v=m7Tp4H89YL0
まがじん「愛の伝説」youtube
http://jp.youtube.com/watch?v=nWG5IEpfqx0
Chichikoさんのブログ「下落合が気になったわけ」
http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/2004-11-26-1


ちりとてちん(6)

ちりとてちん(6)
滂沱の涙再び

今週もちりとてちんでおつきあい願います。
今週は(3/10-3/15)は塗り箸イベントなどのテーマもありましたが、先週の木曾山君のエピソードから変わって、最後の大テーマである小草若の話しが中心でした。小草若は木曾山君の初高座でトリをつとめると自分で宣言したまでは良いが、会長からは小さな内輪の会場まで聞きに行くと言われて行けなくなってしまい、失踪してしまいました。失踪している間の1年数ヶ月の間の襲名騒動のなかで、弟子それぞれが、自分の生き方や考えをさらけ出していました。
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草々は小草若を思いやっているにも関らず、まだ頭と体の半分が恐竜のままなので、小草若の出奔の原因が、落語の腕前や、喜代美を巡る争い、親の家に結局は居られなくなったことなど、ほとんど草々に対して負け続けたことのへのコンプレックスとそれによる自虐によることなどが頭に上りません。落語しか頭にない草々は草原から「小草若のことだけ考えとったらあかん」と言われ、「俺かて辛いけど決断したんや」と責任感から襲名を承諾してしまう場面だったのですが、間一髪のところで免れました。
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二十年来の付き合いといっている草々に比べて、四草は付き合いが短いにも関らず、一番小草若を理解しています。小草若もそれを感じていたからこそ、四草のアパートに長逗留できたし、四草がずっと保護者のようにかくまっていたのだと感じました。
草々の襲名話に「それやったら僕に襲名させて下さい」と言って話の進行を止め、小草若が見つかって探しに行くという草々に対して、ついに「あんなアホのこと思てんなら行くな言うてんねん」と兄弟子に対して爆発し、「死んでまうわ。この上、草々兄さんに草若の名前まで取られてしもたら、小草若兄さん、ほんまに死んでまう」と泣きだします。小草若復活シーンよりもこの四草の行動に(底抜けに)しびれました。
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それでも四草は「師匠が生きてはったら、許しはらへんでしょ。あんな下手くそに、草若の名前」と言い、小草若の襲名にも反対します。この意味は最初理解に苦しみましたが、草々には襲名させたくない、しかし無理に小草若に草若を襲名して、重荷を負わせたくないという、まるで無辜の親の愛情のような視線だと感じました。師匠が同じ立場だったら、四草と同様に葛藤した挙句、本人の意思に任せたのではないかと想像しました。

草原にいさんは「筆頭弟子の俺が襲名できる思った、でも後から何で草原やねんと陰でコソコソ言われんのが怖かったんや。」とついに本音。人の評判を気にして諦観に至っていない段階で、芸が上手なだけの凡人に見えました。おとく屋から落語界に戻ったときに勇気を使い果たしたのでしょう。
若狭草々と同様、小恐竜で草若邸で無邪気に食事を誘うなどして、小草若にかえって居場所がないことを悟らせて失踪のきっかけの一部をつくったり、小草若に「自分の旦那が、草若になった方が嬉しいやろ」と聞かれ、「それは」と言いよどんだりします。仕方がないとは言え、これは小草若に大きなダメージですな。

草原にいさん以外は、生い立ちのなかで温かい家庭に恵まれなかった弟子が多いですね。草々は親と死別し、師匠の家しか居場所がなくなっていたし、小草若は、師匠の息子でありながら、師匠が頭を下げて迎えいれた草々が兄弟子で、親からは、実子に甘いと思われないためにかえって厳しくされていて草々に対していつも劣等感を持っています。(裏ではかわいく思っていても、子供は直接愛情を感じられないと、理解できません)。四草に至っては妾の子です。師匠と平米師匠(九官鳥)のおかげで、他人に対し心を開けるようになりましたが、この生い立ちから小草若の苦悩や葛藤が一番わかったのでしょう。

小草若さんは若狭に「大阪に帰ったってもええで。そのかわり、草々と別れてくれ。」といけずを言いますが、久しぶりに喜代美ちゃんと呼んだことからしても、半分以上は本心だったんだろうと思います。襲名の話などから、もう無理とわかっていても、その喜代美ちゃんが高座で難儀しているのを見て思わず復活。師匠が小草若の泣き出した後をついで復活するシーンとだぶって、両方のシーンとも、失踪したり落ち込んでいた親子である2人が、大事なもののためにわれを忘れて落語で救いにいった名場面で滂沱の涙を流しました。

あと2週間。最後はどうお話を磨きだしてくれるのでしょう。

加藤虎之介さんの似顔絵(やっくんち)
http://www.yakkunchi.com/gallery/toranosuke.html


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高橋 尚子さん

高橋 尚子さん

TVはあまり観るほうではありませんが、3.09の名古屋国際女子マラソンは、ちょうど「ちりとてちん」の放映のように、時間前からTVの前に正座して見ていました。でも、高橋選手は最初から遅れはじめて、差は開くばかりで見るのがつらくなるような惨敗でした。故障や手術などレース前には言えないような、いろいろな事情があったのでしょうが、これまで一杯元気をもらって応援していた身としては残念でした。軟弱な私は「これまでのシドニー五輪や、復活の2005年の東京国際女子マラソンなどでQちゃんから、元気と感動は十分もらった。あとは後進に道を譲って気楽にしてほしい。」などと考えてしまいますが、「私の走りを見て、生活の中で“頑張るぞ”って思いを持ってもらえるようなレースをしたい」という発言や座右の銘「何も咲かない日は下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く」などから考えると、まだまだ挑戦するのだろうなあ。そうだったら順位に関係なくこれまでどおり応援したいと考えました。

高橋尚子2 高橋尚子1 高橋尚子3
下記は3.09マラソンの代わりに、劇的復活を果たした05年の東京国際女子マラソンの記事です。こんな情景を再び見たいものです。

関連エントリ
佐瀬 稔「向こう見ずの愚かさとまでは書くことができなかった。あとはもうテラスで猫を抱いて暮らせとだれがいえるか」
http://77117c.blog118.fc2.com/blog-entry-13.html

引用記事
高橋尚子、復活のV…東京国際女子マラソン

2002.11.20YOMIURIONLINE


陸上・東京国際女子マラソン(20日・国立競技場発着)――高橋尚子(ファイテン)が大会歴代3位となる2時間24分39秒の好タイムをマーク、2年ぶりのマラソン復帰戦を優勝で飾った。36秒差の2位にジビレ・バルシュナイテ(リトアニア)が入り、2年前の大会で高橋に逆転勝ちしたエルフィネッシュ・アレム(エチオピア)は3位だった。レースは終盤、高橋とバルシュナイテ、アレムが先頭集団を作って競り合ったが、高橋が35・7キロでスパート、そのまま差を広げてゴールした。(スタート時=晴れ、気温10・5度、湿度50%、南南東の風1・5メートル)

◆「あの坂に負けたくない」◆
切れ味鋭いスパートだった。高橋は上り坂に差しかかる直前の35.7キロで勝負に出た。2年前、アレムに抜かれた因縁の坂だ。「あの坂に負けたくないという思いがあった。自分自身の思い出との戦いだった」。抜かれた39キロ付近で後ろを振り返った。「このまま逃げさせてほしい」。そう願っていた。
小出義雄監督のもとを離れ、練習パートナーらと結成した「チームQ」で挑む初レース。「前は監督に言われた通りにやるだけだったが、今は全く未知の世界」。練習内容は最終的に自分で決断したが、迷いの連続だった。「過去5年分の練習日誌を見たけれど、当てはまる所はなかった」。

2年ぶりのレースで勝ったのは大きな前進だが、最も価値があるのは指導者につかない状況で鮮やかな復活を遂げたことだ。「女子選手は自分がどうやって強くなったのかを振り返れないことが多い」と言う指導者もいる。指導者への依存度が高いためだが、高橋はその壁も突き破った。しかも、ふくらはぎなど右足の3か所の筋膜に炎症を起こした状態で、だ。

「前半は右足で地面を強くけっていなかった。それが出たのはスパートしてから」と、日本陸連の金哲彦・女子長距離・マラソン部長。上り坂の35〜40キロの5キロは17分9秒の快ペース。「何とか足がもってほしい」。チームを引っ張る責任感を胸に、自らの力を信じて走った。「悪いことはたくさんあった。オセロゲームのように黒をすべて白に変えたい」。高橋はそう言った。(大野展誠)



ちりとてちん (5)

ちりとてちん(5)

ちりとてちんは、相変わらず複数のテーマが複線的に絡み合って進行しており、週末に解決する方向となるのは、そのうち1つぐらいですので、時計がわりでない視聴者としては、いらいらが次週まで続いてしまいます。第21-22週にかけては、A子の再登場と今後、関連した塗箸製作所の秀臣さんの話、嘘山君の話が同時進行でした。そのなかでも気になったのがA子の置かれた立場と今後の話でした。

ちりとてちん51 ちりとてちん54

A子は再びB子の前に現れて、「結婚して製作所継ぐの、相手は誰でもええわ。」、「B子のせいで、私の人生メチャクチャや。」と訴えます。B子に「東京に行かないで草々さんのそばにおってあげて」と言われたにも関らず、自分の夢を実現したいからと、自ら東京行きを決めておきながら、それはないだろうと思いましたが、「そう言われてかえって、そのとおりできるわけがない」と反論します。また、草々にも「草々さん、いつ私の事好きになってくれたんですか?」などと聞きます。
大阪で小草若のアシスタントをしていて草々と知り合ったころが、自分が一番輝いていたときで、できればあの時に戻りたいと思ったのでしょう。女性は男性よりもあとをひかないと言われますから、再びよりを戻したいのではなく、自分に比べ、立派に成長した若狭(喜代美)に嫉妬して初めて劣等感を持ったのだと思っていました。

ところが

A子母から、A子のB子に対する気持ちとして
小学3年生の初対面で 「面白そうな子でぇ、あの子とやったら、ええ友達になれそうな気するんやわ。
高校生になっても「清海は、誰とでも仲ようできる子ぉやけど、一人でええさけぇ、親友が欲しいって言うとった。B子ちゃんと一緒に、三味線ライブやると決まった時、足引っ張ったらアカン言うて、毎日遅うまで稽古してねぇ。B子ちゃんと一緒にステージ立てんのがよっぽど嬉しかったんやろね。
と聞かされます。

B子も「私はA子の何を見て来たんやろか」と愕然とします。美人で何でもできるとずっと羨んでいて、苦手だと思っていた同級生が、何年間もずっと、自分と親友になりたいと思って一生懸命努力していたことが判らなかった、自分は何も見えていなかったということをようやく理解しました。

私もB子同様、A子が全く見えていませんでした。このシーンは泣けましたね。一瞬にしてA子が不憫になりました。でもA子本人はまだ、わだかまりが解けていないようで、誘われた落語会のポスターを返します。A子も自分でもB子のせいではないと理解していても、訴える相手がB子しかいなくて、ああいう形をとらざるを得なかったのでしょう。A子とB子が関係を取り戻すための日々が、さらに続きます。まさか、このドラマは小草若とA子がヒロインか?(B子は狂言回し?)

ちりとてちん56 ちりとてちん53

おかみさんのくれたつるつるてんのスーツに執着しすぎている草々に対し、「いつまでも思い出にしがみつくな」と、新しいスーツに変えさせるため、嘘山君に古いスーツを洗濯させた草原にいさんと四草はGJ。現在のおかみさんは若狭なんだからね。
四草のスタジオパークは、あれは違反ですね。「無名の自分を選んでくれたことへの感謝、期待に応えなければというプレッシャー」と語ったあとに、脚本の藤本有紀さんからのメッセ−ジ(他の出演者の時にはなかったのに)。「かわいくてカッコよく、ニヒルぼけ・・・。最後は一番のファンより」では加藤虎之助でなくても、目からよだれがでますよね。

小梅ばあさんは「いやや・・・」と秀臣に対して頑な態度をひっぱりすきたため、パス

DVD-BOX予約しました。




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ちりとてちん(4)

ちりとてちん(4)

本ブログは、ブログの名前「These Floolish Things」にもあるように、お気に入りを少しずつ思い出しながらゆっくり綴っていくつもりで始めましたので、まだ終了していないドラマは、取り上げない予定でしたが、毎週、1時間半の中で起承転結があって完結しているとも言える「ちりとてちん」は例外で、書かずにはおれず、これで4回目の登場です。

先週の第19週放映分の最後の地獄八景の一門稽古の後、ひさしぶりに外泊できた師匠が、草若弟子の会の前日(3/31の設定)に弟子達と食卓を囲むシーンでは、たぶんこのような時間は2度とこないであろう事を、苦楽を共にしてきた師弟とも認識しており、貴重な時間を過ごしていました。(食事のシーンは、みなさん素のようにも見えました。)。そして本第20週は草若師匠が亡くなるという、師匠がらみのストーリーとしては、高座復活以来か、それ以上に重要な内容の週で、草若弟子の会当日(4/1)のシーンがやはり、クライマックスでした。 (以上、まくら風)



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創作落語について、若狭は重病の師匠と何回も約束をしながら、現実にはまったく筆が進みません。それに対して、草々は、意外にも師匠が若狭に助けられていたことを「師匠の方が、お前が居てくれたらええなって…思いはったんかも分かれへん。ほんまは高座に戻りとうてしゃーない。もう一辺落語やりとうてしゃーなかったんとちゃうかなぁ。こんなけったいな落語の世界から飛び出して来たような子が、いつか自分を高座に引きずりあげてくれるんやないかて師匠自身も気ぃ付きはらへん、心のずっと奥のほうそない感じてはったんと違うかなぁ。」と気がつきます。恐竜草々も若狭を理解しようとして、ずっと努力をしてきた結果、師匠の本当の気持ちにも気がつくまで成長したのでしょう。

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草原兄さんは、楽屋に草若危篤の知らせが入り動揺した小草若を、「小草若。お前がほんまに師匠のとこ行きたい言うんやったら俺がお前の分の高座務めたる。けどな、ほんまにそれでええのんか?師匠が身削って稽古つけてくれた地獄八景、高座にかけへんままでほんまにええのんか?」と諭します。さらに草原にいさんは高座にあがる直前の若狭にも「師匠が入院してはることはお客さんかて知ってはる。けど絶対にそのことを思い出させるな。師匠の事を心配しながら演じてるてわかったらお客さん笑えんようになる。そやから絶対に悟られるな。」と教えます。師匠に「草原、前が居てくれて、ほんま助かった。」と言わしめた、一番弟子として師匠の代わりを立派に努めて、弟弟子たちをまとめており、強い意思にオーラが感じられました。実際の自分の師匠の場合とだぶって、感慨無量だったでしょう。

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小草若は草原にいさんの諫言があっても、まだ師匠に会いに行こうとしますが、楽屋入り口の徒然亭の紋ののれんをくぐって出ていけません。たった1切れの布の暖簾は楽屋の中と外を区切る結界のようで、伝統の一門であることの責任の重さを象徴するのれんを、越えて外界に出ることができませんでした。その後、高座ではそぶりも見せないで、見事な落語を演じていました。父の草若師匠から、「自分にないものを出そうとするな。」とコピーでなくても良いと言われた意味が判ってきたのでしょう。抱えていた重圧から少しでも立ち直って、これから父の名跡をついで欲しいと念じました。

若狭も「私かて、もっと師匠に教えてもらいたいんです。兄さん等だけ、ずるい。ずるい、ずるい、ずるい」と言って直前まで相変わらずだったり、楽屋では師匠危篤の知らせで涙を流していたにもかかわらず、土壇場の正念場ではきりっと締まって、お客さんの前ではしっかりと創作落語を演じていました。また少し成長しましたね。なんとなく漫談風で、内容も自分自身の来し方でした。「だれでも自叙伝で一回は小説が書ける」とも言いますし、次の創作落語の内容が少し心配です。

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そして、天狗座の楽屋て、終演後、挨拶に行こうとする若狭に、病院で危篤で、いるはずのない師匠が声を掛ける(ように感じる)シーンが、一番心に残りました。暖簾をくぐろうとして、ふと振り返ると暗い部屋に師匠の姿はなく、師匠の羽織が掛かっているだけでした。いつもの妄想か、あるいは幻を見たのかの詮索は、この際不要で、師弟の深い絆を現していて、涙がとまない名場面でした。最後の挨拶も全員立派にこなしていて、様式美の見事なシーンでした。

師匠のいない来週から、しばらく放心状態となりそうです。


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ちりとてちん (3)

ちりとてちん (3)

2/4-9の週は師匠が亡くなる前の短い日々を描いていました。それぞれの登場人物が、師匠に近い未来起きるであろう出来事につい、どう考えて、どう行動するのかが、自分の性格、生い立ち、これまでの師匠との関係などではっきりした違いで描かれていました。

次第に覚醒して自分のなかでの落語の位置づけや方針を確立しつつある、あるいは既にしている弟子たちと、まだこれからという弟子たちが分かれたのが印象的でした。前者は草原、四草(両方とも既に師匠と呼ばれている)と、草々もこのメンバーに半分くらい入る印象です。師匠はこのメンバーに対しては、もうあまり、指導をしません。教えてやれることはもうない、あとはさらに自分で研鑽しろということなのでしょう。

子草若 ヒグラシの葬式

一方、自分の道が決まらず、何年たっても深い迷い道に入っているのが、若狭と小草若です。作者は、まだ自分を確立できていない、この二人が、師匠が命を賭して教えてくれた、「自分らしい落語を目指せ、自分にないものをやろうとするな」という言葉を理解して、目覚めて行くまでが今後描かれると思われます。

若狭は師匠から、「若狭、それがお前の、創作落語やなあ」「お前の宝物やぁ・・大事にしいや」など創作落語のアドバイスを受けて何回かその気になりますが、「お母ちゃん、私やっぱりできん。こんな時に落語作るやなんて・・笑える噺作るやなんて」とすぐ後戻りしてしまいます。(演じている貫地谷さん自身、B子の性格をどついてやりたいと言っていたそうです。) 師匠も他の弟子に教えるときにも、一緒に若狭にも教えているということが、鈍感なB子にはわかりません。
小草若は三番弟子ですが、弟弟子の四草から「いい加減に目覚めろ」と、三年前にと言われ、今回もまだ「草若の息子の自覚もて」と諭されていますが「おまえにはわからへん」と、親である草若に合わす顔がないと、さらに落ち込んでいます。いつもうつむき加減で表情もTV局で活躍していたころとは全く異なります。(小草若=茂山宗彦さん=モッピー 演技上手)

私もこの小草若と若狭の二人、特に小草若は偉大な親である草若に取り組んで、超えていくきっかけをそろそろ掴むのかと思っていましたが、まだ悩み続けています。それだけ自分の能力からみて、親の築いた壁は高く見えたのだと思いました。このドラマでは弟子たちをはじめ、全員を生き生きと書きわけていますが、苦悩と今なお格闘するこの二人が、このドラマの「受け継いでいく」の内容に近い立場にいるのかと思いました。ガンバレ 小草若

師匠最後の高座 弟子達
一方の師匠も、いつも洒脱で弟子たちに対しては厳しように見えても暖かい視線で接していますが、自分自身の病気が、不治の病で死期が近いことに対して、落語のように笑いとばすのかと思っていましたが、普通の人のように落ち込んでしまいます。このドラマでは完璧な人は あえて作らず、それぞれ長所短所を持った人達がいる群像劇にしたいように感じます。
お母ちゃんが、師匠がセミの亡骸を埋めて線香をあげている後ろ姿を見ているシーンは、師匠と喜代美が最初にあった場面でたんぽぽを摘んでいたシーンと対になっており、人生これから春という内容と、冬に向かって滅びていく内容を対比させて、切ない構図でした。また、師匠が残る力を振り絞って一時帰宅し、弟子たちに、地獄八景の稽古をするシーンでは、弟子達が全員正座で、正装した師匠を迎え、最後となるであろう師匠の落語を、一瞬たりとも聞き逃さないよう、もはや涙を見せず、食い入るように聞き入っていたのが印象的でした。

 


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