These foolish things

音楽を中心に新しいもの、古いものをなどMy Favaritesを。時には映画やWho's Whoなども

林住期あるいは遊行期

林住期あるいは遊行期


永 六輔さんが亡くなった。私にとってラジオ番組よりも雑誌「話の特集」で連載した芸人その世界が印象に残っていたので、掲載されている雑誌を取り出してきた。表題の記事のほか、私淑したり気に入っていた多くの人達が登場している。当時、ほとんど創刊から終刊まで読み続けたこの雑誌と、登場したこれらの人達によって私もかなりの影響を受けたのだろうと思う。

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この写真の100号記念特集号にも
安藤 鶴夫、和田 誠、横尾 忠則、寺山 修司、筒井 康隆、瀬戸内 晴美、植草 甚一、五木 寛之、などが、きらぼしのように並んでいる。
また、高橋 和己、竹中 労、大田 竜などの面々もそろっていた。

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また、これらの人達のほとんどは既に鬼籍に入っているが、なお現役で活躍している人も残っている。かねがね私は、「一期は夢よ ただ狂え」と生涯風狂の人を貫いた人達に比べ、悟りをひらいたり変節した人達、例えば埒外の集団を描いた「風の王国」から親鸞に傾注した五木 寛之さんや栗田 勇さんなどを転向した人達と見なしていたが、最近ではそれもありなのかという気がしてきた。

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写真は同雑誌の永さんのラジオ番組広告。共演の遠藤さんは現在も森本さんの番組で聴いていいるが、何年現役なのだろうか。
また、表題は五木 寛之が広めた人生4つの時期分類から。私は年齢も含め遊行期には辿りつけないだろうと想定している。



小説と短歌

小説と短歌


知人が文学賞の新人賞をを受賞したとの連絡がきた。
あわててプロフィールを見たらまさに当人で、おまけに短歌の同人でも活躍していた。かれこれ数年はあってないと思うけれど小説を短歌を志していたとは知らなかった。本ましては小説では近年読む人が減っで売れない時代だと思うのだが、創作したい、表現したいという意欲が溢れ、才能があってその上で努力したたまものだと思う。今後も茨の道だと思うががんばってほしい。思えば、何か人とちがう感じで、オーラが滲み出していた気がする。

文学や音楽など芸術に才能があり、プロとしてやっていける人や少なくともそれに近い人達は凄いと思うが、あまり世界が違いすぎて理解が困難。芸術のなかでも文学は自らの立ち位置だけを拠り所として、身を削る孤独な営為を続けていく厳しい世界だと思う。私も最近はは小説を読むことも少なくなった。無理して読もうとは思わないが、時に気まぐれのように手にとってみようと思う。心が少し柔らかくなる気がする。
少なくとも受賞作は読もうと思う。

賞選者の荒川洋治や小川洋子さんは少しだけ読んだり聞いたりことがあった。
荒川洋治さん「詩人とは現実であり美学ではない」。そうなのか。

最近買った本。仕事関係の本が多い。

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毎日かあさん11 息子国外逃亡編

毎日かあさん11  息子国外逃亡編


巻末の書き下ろし「息子急」でついにあのお兄ちゃんが留学します。小さいころから世界や日本中のいろいろなところを連れていって多くの人と交わったり、現地で暮らしたりしたことが彼の中で蓄積し、ものの見方が広まって、自分で自分の道を決めることができるまで成長したのだと思います。

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親からの独立は子育ての成功とその終わりを意味します。無頼で破天荒な親だけど、子供はそのなかにある親の本質をしっかり感じていたのでしょう。小さいころから成長の経過を毎日かあさんの連載でずっとシンクロしながら見続けてきただけに、成長した西原親子に素直に拍手したくなりました。

最後の「男の子は急に走る」、「この子はもう帰ってこないかもしれない」、を読んで涙ボロボロ。第4巻出戻り編以来、ひさびさに毎日かあさんで嗚咽しました。「男の子を生んだんだから、しかたがないよねえ」という映画 銀河鉄道999での母親の言葉を思いだしました。



西原ブログでの留学するお兄ちゃんの話はここです。

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最近読んだ本(生きづらい私たち他)

最近読んだ本(生きづらい私たち他)


本ブログの読者の皆さん、更新頻度は低いですが今年もよかったらお立寄りください。
今回は年初め早々から愚痴です。すみません。


正月も明けて、通勤電車にも日常が戻ってきました。背広とコートを纏い着膨れした人達(多くはおじさん)の多くが日経新聞を読んだり、タブレット端末を操作しているいつもの光景です。これを見て普段から「この人達には不安定な働き口しか得られない人達、あるいは働くきたくても職にありつけない人達は視界に入っているのだろうか?」と考えてしまいます。職を得られない人たち、特に若い人たちの置かれた過酷な境遇は、色々なメディアに紹介されており、見聞きするだけでも身につまさ暗澹たる気分になります。
男性は低収入で不安定な雇用で将来に希望が持てず未だに世間から期待される「一家を養う責任」を果たせないと感じ結婚して家庭を持つことを躊躇し諦めようとします。女性はそれに男女差別が加わり、労働市場でより低位に位置することを強いられます。男性の場合と同様に「男性が仕事、女性は家庭」という旧来の考えから、結婚して安定した生活に逃避しようとしても、男性も「二人分を支えるのは無理」として思いはすれ違います。
このような問題だらけの仕組みを改善せずに行政は「就労できないのは自己責任」と決め付けて放置するだけで子育て支援など何ら有効な支援策をとろうとしません。

現状の私が解決策を持っているわけではもちろんありませんが、ただ考えています。困っている人、弱い立場にいる人達に寄り添おうとする人々がいることがまだ救いです。下は正月に間に読み始めた本で、いずれも先の記事の増田れい子さん同様、私の好きなこのような著者たちの近書です。

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最近読んだ本

最近読んだ本

猛暑が続いているので、仕事以外は外出もあまりせず家に篭っております。そこで、買ったまま読まずに積んでおいた本を順番に読んでいます。必ずしも「最近買った本」ではありません。新しい著者の本を読むということは、見ず知らずの人と新しい人間関係を築くようなもので、億劫なところもありますが、同じ人の本だけでは進歩がないような気もしますので時折挑戦しています。以下数冊をあげてみました。

茨城 のり子「言の葉」

<詩 最上川岸>から一部抜粋
学者のあとつぎよ あなたがそれを望まないならば、ろくでもない蔵書の山なんぞ叩き売れ
人間の仕事は一代かぎりのもの

気迫と覚悟あふれる詩です。私には学者の後継者もおらず、数十年かかって溜め込んだ蔵書、LPやCD等の音楽や色々の品々も他人からみればガラクタ同然で、必要とする人はいないでしょう。詩のとおり、後に続く人の人生は、あとの人達のものです。
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香山 リカ「どうして理想の自分になれないのか」
まるで加藤諦三のような題名です。著者の本は初めてでしたが、不思議な本でした。精神科医の筆者は本の題名である問いに、結局結論を出しているように思えません。精神科の病である欝は長い治療が必要な病気でそれに永年従事している著者は腰をすえてゆっくり現実と向き合っていけば良いと言っているような気がします。もう少しこの著者とつきあってみようかと思っています。少なくとも勝間某の上から目線よりははるかにましでした。
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梅 佳代「男子」

写真集です。某サイトで好評価なので買ってみました。小学生のバカ男子たちの日常です。男子より先におませな小さな大人になっていく同世代の女子に比べて何にも考えていない男子は毎日かあさんのブンジのようで、いつも天真爛漫です。小賢しい人は苦手ですが、バカは大好きです。
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佐野 洋子対談集「人生の基本」
佐野洋子-西原理恵子、佐野洋子-リリー・フランキ-の2つの対談集。前半の西原との組合せは年も生き方も違う二人が真剣に話しあう内容はお互いにたくさんの死を間近で見てきただけに、肝が据わっていて、心を通わせていく様が伝わってきました。
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女きらいニッポンのミソジニー 上野 千鶴子

上野 千鶴子著「ニッポンのミソジニー」



上野 千鶴子の近刊 ニッポンのミソジニーを読みました。強い衝撃で近頃読んだどんな本よりも圧倒されました。

表紙

最近の上野千鶴子は老いとその生き方をテーマに取り上げている傾向があると思っていましたが、本書では、著者本来のテーマである、ジェンター・フェミニズムを正面から取り上げています。社会学者は本書では「ミソジニー」と、「ホモソーシャル」という用語で性的二元性かなる現代社会のしくみを明快に論じています。

男達が性的関係を含まない集団「ホモソーシャル」を形成してそのなかでの自分達だけの世界を作り上げ、「おぬし、できるな」とお互いに認め合って連帯し、そのなかでランク付けをします。それのグループに意図的に入らないか、脱落せざるを得なかった残りの男や、全ての女達はグループから排除されます。それでも、排除した女達と性的関係を結ばざるを得ないための自己矛盾から、男は「女性嫌悪」に陥ります。一方、女達はある年代から、自分が男である「主体」ではなく、男によって評価を受ける「客体」としての存在である女に属していることを、思い知らされ、「自己嫌悪」に陥ります。

本書の最終部分「ミソジニーは超えられるか」で、上野は「自分自身はミソジニーからは完全に自由だが、周囲の社会がそうでないから社会変革のために闘う人がいるとしたら、フェミニズムはもはや「自己解放の思想」ではなく、「社会変革の」ツールになるだけで、正義の押しつけであろう。ミソジニーはそれを知っている人からしか判定されないためである。」と論じています。私が永年抱えてきた疑問が、これでやっと氷解しました。フェミニズム=ジェンダー論とは男女を問わず自分と正しく認識して、性別やそれに伴って自明とされてきた多くの社会的桎梏から自分を解放していくための武器だったのです。
著者は男に対しても「ミソジニーを超える方法はたったひとつしかない。身体と身体性の支配者=主体者であることを止めることだ。そして身体性につながる性、妊娠、出産、子育てを女の領域と見なすのをやめることだ。」と応援し、方向を示します。

裏表紙


数10年前の高校生時代、精神的な面でも先頭を行っていた級友の女性徒達が、次第に男に媚び、関心を持ってもらうよう変わっていく様をみて、私は卒業文集に「かつて反発したであろう、良妻賢母への道をあきらめて受け入れずにもう一度闘ってみること」という文を書いたことがありました。そのころからのリブ、フェミニズム、ジェンダー論は贖罪の気持ちと共に関心を持って接してきました。

でも、この本は自分でも意識していないか、あるいは考えたくないため無意識に避けていた、自分のなかの深淵にある醜い欲望やミゾジニーを、白日のもとに引き出して見せてくれます。あるいは自分で引き出す手助けをしてくれます。その結果、自分の拠り所としてきたものを捨てる必要が生じるかもしれません。恐ろしい本でした。
私は理系に属していますが、社会科学の本当の凄さに思いしらされました。一回では全貌を理解できませんので、再読して「ミソジニーやホモソーシャル」である、自分の深部まで降りてみたいと考えました。


過去の記事 上野 千鶴子著「学校化社会」へのリンクはこちら



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最近読んだ本

最近読んだ本など

朝日ジャーナル(臨時増刊) 

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赤瀬川原平「櫻画報」のアカイ・アカイ・アサヒ・アサヒ事件による休刊以降、変節を感じて、当時時々買っていた朝日ジャーナルが久しぶりに復刊したので買ってみました。論壇誌などを読まなくなって永くなりますので読み辛かったのですが、なんとか読み終えました。個々にはある程度、興味深い記事もあったのですが、不思議な違和感は拭いきれませんでした。当時、何れの立ち位置に存在するにせよ、将来が見通せない状況で、自分の考えを整理するための道標として、ある程度役目を果たしていた論壇誌ですが、無邪気に明るい未来を期待できなくなった時代には、存在意味が薄れてきたのでしょうか。昔会社の研修で教えられたプロダクト・ポートフォーリオ風に言えば当時は問題児だった論壇誌にとって時代の状況が花形→金のなる木→負け犬になった、とでも言えるのでしょうか。(このマネジメント研修も。ふーん、自分とは無関係の世界、という思いで違和感がありました)。朝日ジャーナルも他の論壇誌も、街頭に出かけていたときには、読む時間も意欲もなく、寺山修司風に言えば「書を捨てよ。街にでよう」、という感じした。それにしても朝日新聞には、無知蒙昧な下々の輩を啓蒙して上げるという、「上から目線」を感じてしまいます。

ダ・ヴィンチ9月号/星守る犬

ダヴィンチ 

ダ・ヴィンチ9月号の巻頭で「絶対はずさないプラチナ本」として紹介されていたので、(コミックはほとんどそうらいしいのですが、ビニールに包まれていて、立ち読みできないので)買ってみました。リストラされ、家族からも見放され、犬を道連れに彷徨して倒れるおじさんの話ですが、ど真ん中ではありませんでしたが、後日談で少し救われました。パーマネント野ばら のように、カンラカンラと不遇も笑って生きるほうに、共感とを覚えます。同誌では別の特集の銀河鉄道999(私にとってのビルディングスロマンの傑作)の方に関心が向きました。(それはまた後日)。


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ビートたけし 漫才

ビートたけし著 「漫才」

大好評で売り切れ続出なのかは不明で、なかなか見つからなかったのでが、たまたま訪れた本屋で見かけて購入することができました。現代の世情をネタにして、ツービート全盛時のコント形式にしたものですが、これが極めつけに面白いものでした。

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(一部引用)
たけし だけどお前携帯持ち込み禁止とか甘いよ。全部禁止にしなきや。俺の学校は厳しかった。
きよし あんたの学校厳しかったの?
たけし 厳しいよお前。エリート学校だぞ!お前のとこの学校とは全然違うよ。お前んとこあれだろ?学校に牛持って来ちゃいけないとか、ミイラをランドセルに入れちゃいけないとか、学校では鼻の下の骨を外しなさいとか、纏足はやめよう、弁当に生きたままのハムスターはやめよう。
きよし そんなこと禁止しないよ!じゃIあんたの所は何がダメだったの?
たけし 俺のとこはエリートだったからな・・・まずヒロポン、拳銃、日本刀。
きよし どんな学校なんだそこは。
たけし 足立区のエリート校じゃねーか!あとエロ本、ダッチワイフ、毛沢東語録。


おなじテレビでも、漫才ブームのころよりも現在は、ネット、政治サイド、のほか自主規制も含めて番組内容に対するチェックが厳しくなったのですが、当時はこれに近い内容は放映されていました。差別、パワハラ、アカハラ、セクハラ始めハラスメントに対する規制が良くも悪くも強化された帰結でしょうが、この本の内容を今、放送する勇気をもった局は無いでしょう。

現在のTV界はジャニーズ系を初めとするイケメン(事務所が、主演俳優や番組内容まで無理矢理押し付ける)か、あるいは一発芸の素人もどきの芸人(タモリはその出自が該当)、さらに勘違いしている局アナ等に席巻されていると思いますので、報道、あるいは過去記事にしたような特定のドラマしか見ませんが、近年、ますます劣化していると感じています。嘗て60年代後半に既に、テレビマンユニオンが「おまえはただの現在に過ぎない」と喝破していまが、先達の見通した未来は更に劣化してしまいました。

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ビートたけしは、だれも期待していない、面白くなければ物が飛んでくる浅草フランス座でストリップの場つなぎのコントで、師匠について勉強した経験を持っていますが、このような基礎の確りした真の玄人の芸のみ安心して見ることができます。例えば伊東 四朗やコント55号などもその仲間です。彼らは芸人がかつて河原乞食と呼ばれていた頃の、蔑視された経験と、これにを認識しつつも、反発して糧としたアンビバレンツな感情の故に成長したと思っています。

ボケ時のビートたけしの博識ぶりにはびっくりします。日ごろから、余程本などを読んで勉強しているのでしょう。事務所の恫喝により簡単に一人のタレントが抹殺されてしまう業界で、すれすれの剣が峰を上手に渉っています。


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ウェブはバカと暇人のもの

ウェブはバカと暇人のもの
中川」淳一郎著(光文社新書)

新書を含め、本もあまり読まなくなって久しいですが、一応ブロガーの端くれ(といってもほぼ月一ブロガーですが)、上記の本を題名につられて買ってしまいました。

本1  本2

この本の内容を勝手にまとめると、著者は

1.現在のウェブのヘビーユーザは暇な人達がメインであり、地上波TVと同じで定額料金を払えば使いほうだいで同じ安上がりであるため、年収の比較的低くて時間がたっぷりある人(暇人)が集まってきている。

2.リアルな世界で多忙な人たちは情報を収集するため、ネットに短時間で効率的にアクセスし、そのまとめた情報を無料でアップしたりせずに実際の仕事で活用している。

3.ネットで受けるネタはテレビの番組内容に関するものが多い。一般大衆はヘビーユーザと違ってネットもほとんど見ないし、ネットの影響力は実は限られており、テレビの力が圧倒的に強い。テレビはネットの世界を怖がっているが、暇人たちに支配されたネットの力に対する過剰な恐怖である。

4.素人に価値のある文章は書けない。

そしてまとめとして
ネットよりも電話のほうがすごい
ネットよりも新幹線のほうがすごい
まとめとして、「ネットはあなたの人生をなにも変えない
と結論付けています。

嘗て、ウェブ2.0は夢か現実か?(佐々木俊尚著)では、双方向ネットの可能性が、前向きに語られていましたが、著者の言う「暇人たち」に蹂躙されてしまった現状はこの本のほうが現状に近いのでしょう。 鳴り物入りのアクトビラでさえ、使っている人は極少数でしょう。
このブログでも圧倒的一位のPVであった記事は「ちりとてちんファンミーティング出席レポート」で、テレビ関係でした。連日くる膨大なメールはスパムが90%以上、コメント欄は機械で検索して来るのかこれもスパムだらけとなってしまいました。面と向かってでなくても、匿名で発言できるネットの世界にはソドムの市のような退廃を感じる場合もあります。某新聞の「**小町」では、あまりの本音のグロテスクさに怖いものみたさに引き込まれて時折覗いています。

著者の言いたいことは、ネットよりも生身の人間と向かい合いなさい、また有効な情報は有料である。ということなのでしょう。ネットと言えば参加者も少なく、アプリとしては実質的にFTPとメール、ネットニュースしかなかく、ネチケットが厳密に守られていた商用インターネットの牧歌的な時代(94~95年ころ)ははるか遠くなりました。


パーマネント野ばら

パーマネント野ばら

本の表紙 

西原 理恵子さんのマンガです。

小さな町の美容院(パーマネント野ばら)の、子づれで出もどりのなおこが主人公ですが、この店に集う女たちは世間の良識から見ればエゲツなくて眉をひそらめるような外見です。
フィリピンパブの経営者みっちゃんは、店の子といたしてしまった亭主を車ではねとばします。彼女の兄弟も家出から戻ってきたかと思えば、また出ていき、風に乗って見知らぬ土地に着いて生き、また種となって風のままに旅をする「たんぽぽ」のような生きかたをしています。ダンナの腹を刺身のように刺してしまったひろこや、毎日うそを付いていて精神が変調をして自殺するけいちゃんなど

なおこの母がやっている懺悔室あるいは井戸端会議(キャットストリート?)である美容院に集まる女たちは、みんな揃って猥雑で、カッコ悪くて、えげつなくて、これまでの人生のなかで起こったいろいろな傷を抱えています。

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相手がだめな男たちであることを分かって、また、自分も同様にだめな人間であることを理解していて、男たちの行動に振り回されながら、結局最後にはは許してしまう弱さと強さが共存しています。
男ははようにおらんようになるに限る」、だれかに手をつないでもらいたかった小さい時から、大きくなって男と暮らし、男を見送って、いつのまにか独りで生きていく覚悟をしたたかにもつに至る、必然的に受け止めるを得ない女の一生の輪廻をとぎつい絵とはうらはらに、叙情豊かに愛情を持って描いています。

美容院のすざまじい客たちも、一見普通にみえるなおこを差別せず、やさしい眼でみています。なおこは本の最後に一人で海岸でデートしているところに、みっちゃんが現れ、「デート中?」と状況を理解し、「若いときは世間さまの注文どおりやってきた、これからは好きにさせてもらう」と話します。みんな中途半端でなく、人生を生ききっています。男の人生がなんだか平板に見えてきました。

最後の数ページは帯の惹句のとおり、涙が止まりませんでした。「ぼくんち」、「いけちゃんとボク」も読みましたが、それ以上に圧倒されました。

過去に「毎日かあさん」の記事に書いた、鴨ちゃんがなくなった時のダ・ヴィンチの記事を思いだしました。
(下の画像よりリンク)
ダ・ヴィンチ

 

 


私淑した人々(2)

私淑した人々(2) 柴田 翔

大学に入学して、図書室にあった、われらの文学シリーズのうちの一巻に、高橋和己の「悲の器」(先のエントリにも書きましたが)等と共に掲載されていた、柴田翔の作品である、「されどわれらが日々」に、圧倒されました。すぐに刊行されていた同じ著者の「贈る言葉」を購入して、再度少し趣が変わっていましたが、再び魅惑されました。

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「されどわれらが日々」は60年安保の前の学生たちの種々な生き方を描いています。当時の学生たち(といっても、一部だったのでしょうが)が、ある党の圧倒的な影響力の下にあって、地下に潜ろうとして挫折するもの、主人公や登場人物たちの、それぞれの結婚相手との葛藤など、いろいろなまでの心の軌跡を描いていました。
エリートである東大生たちが、半ば約束された将来のコース(結婚相手や職業)と党へ忠誠の板ばさみにあって苦悩する話でした。今読み返してみると、70年代と異なる50年代末から60年代にかけての、ある一部の層の雰囲気が描かれているのですが、当時の学生の生き方の生硬さ、挫折、がよくわかります。しかし、登場人物が東大生、相手の女子大生が東京女子大か日本女子大などのみが対象で、将来、政界、財界など実社会でエリートとなるか、あるいは地下に潜っても農民を感化するという、やはり指導者としてのエリートになるかという選択で、選ばれたと考えている人特有の選良意識、独善の匂いを感じられます。60年当時は大学まで進学する人はかなり少なく、さらに東大にまで行く人は極く一部であって、色々考えて本を読んでも自分を疑う方向には向かわなかったのでしょう。また、時代でしょうが、長文の手紙をかいたり、はては自殺をする人が多く登場します。
でも、さすが主人公と同世代の著者です。同時代を別の世代が書いた、石川達三の「青春の蹉跌」から感じたこの世代に対して感じた敵意、違和感は、感じられませんでした。。
この本は党が非合法時代からの流れを引きずって、目指していた武装闘争のために、学生も参加させて山村工作体などを目論見、六全協で全面方針転換した、60年以前の歴史が背景にあるため、今の人が読んでも理解しがたい部分が多いと思います。

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「贈る言葉」
「されどわれらが日々」とは異なり、政治色がかなり抜けて、よく言えば少し肩の荷をおろした状態での作品と感じました。2つの小説のうち、「贈る言葉」は、大学生同士のカップルが二人の関係の進め方を巡って、次第にずれはじめ、結局お互いに、亀裂の入って絶望しかけた状態で、安宿で初めての、関係を持つに至ったが、結果として、しばらくして見かけた彼女は、以前の凛とした立ち居振る舞いから一変して、着飾っているが痛々しい精神状態に陥るという物語でした。
もう一編の「贈る言葉」もそうですが、今から思えば、女性が結婚相手と心が通じるかどうかと、煩悶、葛藤するなど、一見現代に通じるようで、見方がやはり男性側中心の視点が多いと思いました。リブやフェミニズムのかけらもないころの小説ですのが、ある程度、著者かみた女性のその時代の生き方を反映した人物像だったのでしょう。「されどわれらが日々」よりは、テーマが普遍的で読みやすいです。

柴田翔はその数年後、朝日ジャーナル1968.6.16号の巻頭で次のように書いています。

奥(注)の提出した「それからさき、何をして生きていくのか」という問いは、具体的には、大衆社会の虚妄のなかで、何をして生きて行くのかという問いである。それは、実は学生たちだけに向けられた問いではない。私たちの誰もが、何をして生きて行くのか考えざるをえない地点にいる。そこに、学生運動が、学生でない私たちに対してもっている思想的な意味がある。それは、昔は俺も純粋だったが・・・というような問題では決してない。それは私たちが、現在、毎日毎日の生活にどれだけの重みを感じているかという問いなのである。 
(中略) 
学生運動の側には、私たちに理認される必要など少しもない。私たちが非難しようが理解しようが、学生運動はそこに存在している。彼らを狂人扱いにして何かを失うのは、それによって、彼らがつきつけている思想的問題を避け、怠惰な日常を破滅へ向って、ただただ明るくなめらかに滑り落ちて行く私たちの方なのである。
注)奥浩平著 「青春の墓標」

60年代の柴田翔が70年代(というか、60年代の終わりまで)の問いかけた意味を理解し始めています。それにしても、上野千鶴子といい、柴田翔といい、みんな最後は東大の先生になるのだろう。


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つげ 義春

つげ 義春

つげ 義春さんは、それまでにも、雑誌「ガロ」に時々掲載されていた紅い花、海辺の叙景など、一味かわった叙情あふれる作品などを書いていましたので、気になっていましたが、1968年に発売された作品集にあった書き下ろしの「ねじ式jには、得体のしれない異様な迫力を感じました。

ガロ 「つげ義春作品集(1968.5)」

つげ義春特集号(1968) ねじ式

いろいろ、穿った解釈をする人も多いようですが、「夢日記」など本人の文によれば、たぶん、大原への旅行で出合ったことを下敷きにした上で、さらに、夢の中での出来事のように脚色して書いたと思われますが、この内容を紡ぎ出せるのは普通の才能ではないと思います。それから今日まで色々な著作を読んでいますが、このころの作品は後期の夢そのもののような作品に比べ、ストーリーもあり、かつリリシズムにあふれた中身の濃い作品が多く、気に入っています。

 ねじ式

「無能の人」のような、自叙伝に近い作品を読むと、常に自分から引きこもってしまう、破滅的な性格であることがわかります。つげさんのような人は、居候とか食客のような非生産者を許容する度量、キャパシティが社会に無くなった現代の日本では「落ちこぼれ」、「負け組」と呼ばれ、昔の「私小説」を中心に書いていた作家のように。落伍者扱いされることでしょう。

著者は東北地方を中心に、鄙びた宿を訪ねて、それを題材にして多くの作品を残しています。つげさんが旅してたころの温泉宿は高度成長がまだ、届かないため、昔ながらの藁や萱ぶきの建物で、道路は車の必要がないため狭く、舗装していないため、穴ぼこだらけで、家々は土ぼこりで汚れていました。私の生家も当時似たようなものでした。今では法律上でも、もう建てられない、葺きなおしもできない過去のものになってしまいました。宮本 常一の本のように、古い記憶と、記録の上だけに残るのでしょう。

つげ義春とぼく

私としては色々な作品のなかでも、ゲンセンカン主人が理由はよく自分でもわかりませんがお気にいりです。

以下は権藤 晋さん「ねじ式」夜話のページ
http://www.mugendo-web.com/y_tsuge/nejiyawa.htm
より。

「ゲンセンカン主人」は、「ねじ式」や「ほんやら洞のべんさん」の翌月に発表された。「もっきり屋の少女」はその翌月であり、この三ヶ月は月一作以上のハイペースである。この間、作者は想像力と精神力の全面展開を試みたことになる。「ゲンセンカン主人」も「もっきり屋の少女」も、前作を完成させた後で構想されたのではない。「ゲンセンカン主人」は「ねじ式」が思い描かれたと同時であり、「もっきり屋の少女」は「方言について」の延長線上に位置していた。

つげさんに現代風のHPがあるので驚きました。(WEB構成はたぶん本人ではないでしょうけど)

公式サイト
http://www.mugendo-web.com/y_tsuge/

ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A4%E3%81%92%E7%BE%A9%E6%98%A5


寺山修司 箴言集

寺山修司 箴言集(青春の名言)

ずっと以前から、箴言やアフォリズムの類が好きでしたので、ラ・ロシュフコー箴言集やアランの幸福論、ピアスの悪魔の辞典など色々読み漁りましたが、そのなかで特に気に入ったのが、寺山修司 青春の名言でした。言葉を武器とする文士たるもの、詩や映画など、たとえば、聖書から演歌、はては織田信長、ゲバラ、奥浩平まで如何に膨大な書物あるいは芸術に接しているか判ります。このなかで引用されている言葉のうち気に入ったものをオリジナルを読むことで、知らなかった世界で知見を得ることができまし  た。ユリシーズの冒険も、シジフォスの神話もそうでした。
青春の名言(1968)  両手一杯の言葉(1997)

寺山修司 箴言集から引用

言葉を友人に持ちたいと思うことがある。
それは、旅路の途中でじぶんがたった一人だと言うことに気がついたときにである。

たしかに言葉の肩をたたくことはできないし、言葉と握手することもできない。だが、言葉にも言いようのない、旧友のなつかしさかおるものである。
(中略)そのかわり私は、詩人になった。そして、言葉で人を殴り倒すことを考えるべきだと思った。詩人にとって、言葉は凶器になることも出来るからである。私は言葉をジャックナイフのようにひらめかせて、人の胸の中をぐさりと一突きするくらいは朝めし前でなければならないな、と思った。
だが、同時に言葉は薬でなければならない。さまざまの心の痛手を愉すための薬に。エーリッヒ・ケストナーの「人生処方詩集」ぐらいの効果はもとより、どんな深い裏切りにあったあとでも、その一言によってなぐさむような言葉。

時には、言葉は思い出にすぎない。だが、ときには言葉は世界全部の重さと釣合うこともあるだろう。そして、そんな言葉こそが「名言」ということになるのである。
学生だった私にとっての、最初の「名言」は、井伏鱒二の
花に嵐のたとえもあるさ
さよならだけが人生だ

という詩であった。
私はこの詩を口ずさむことで、私自身のクライシス・モメントを何度のりこえたか知れやしなかった。「さよならだけが人生だ」という言葉は、言わば私の処世訓である。

ラングストン・ヒューズ詩集

どっかへ走ってゆく汽車の七十五セントぶんの切符をください
どっかへ走ってゆく汽車の七十五セントぶんの切符をくださいってんだ
どこへいくかなんて知っちやあいねえ ただもうこっちからはなれてくんだ
「七十五セントのブルース」

節を知っててつらいのはホームシックのブルースだ 
泣き出すまいとがんばってロをつぐんで歌うんだ。
「ホームシックのブルース」

おいらは いろんな河を知っている
この世さながらの昔からのいろんな河を
人の肉体に流れている血よりも古い河を知っている
「ニグロと河」

アルベール・カミュ「シジフオスの神話」
神々はシジフォスに、休みなく岩を山の頂上まで転がして運び上げる刑罰を課した。山の頂上に達すると石はそれ自身の重さで再び落ちて来るのであった。無益で希望のない労働以上に恐ろしい刑罰はないと神々が寺えたのは死出のあることでかった。
しっ、静かに。君のそばを葬式の行列が通りすぎていく。
ロートレアモン「マルドロールの歌」

アーネスト・ヘミングウェイ「兵士の故郷」
「ぼくは神の王国なんかにいやしない」
「人はみなそこにいるのだよ」

畠山みどり「出世街道」
人に好かれて いい子になって 落ちて行くときや 独りじやないか
おれの墓場は おいらがさがす そうだその気で ゆこうじやないか

幸福論(1969)

寺山修司 「歌集」など

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし
煙草くさき国語教師が言うときに明日という話は最もかなし

遠くへ行きたい。どこでもいいから遠くへ行きたい。遠くへ行けるのは、天才だけだ。
こうやっていつも旅ばかりしていると、ときどき思うんだ。人生は汽車に似ているな、ってね。旅をしながら年老って古くなってゆく。自由になりたいな、って思うが、レールの外へ出れる訳じゃない。


豊島 ミホ 「底辺女子高生」

豊島 ミホ 「底辺女子高生」

映画「檸檬のころ」の原作者 豊島ミホさんが書いた本です。映画の「檸檬のころ」は原作の複数のお互いに関係したストーリー集から、2人の卒業真近な2人の高校3年生に焦点をあてて再構築したものでした。過去の記事でも書いたように、毎日、変わり映えのしない永遠に続くように思える日常のなかで、ある一時期、心が高揚したり落ち込んだりする様子を秀逸に描いていました。

底辺女子高生 檸檬のころ

これに対して「底辺女子高生」は著者が高校生だったころの経験を、ほとんどそのままで描いている(と思える)ものでした。「檸檬のころ」は創作で、本書とは異なることをおいても、「檸檬のころ」は上澄み、「底辺女子高生」は沈殿といったような感じを受けました。

下宿生活、屋上(に相当する美術室)、保健室登校、実験室での2人だけの掃除、文学誌への投稿など、小説にも登場したような場面も多く、この経験があのシーンに生きたのだと納得するところもありましたが、沈殿だけに、全体として今時と思えないほど、それこそ「ヘタレ」な高校生活が描かれています。

イラストも上手

例えば
クラス分け後、グループができる段階でお互いにレベルを値踏みして一番下だと自覚するシーン。
運動神経がなくて、地味女子グループは目立たない卓球に出場するが、地味男子グループとダブルスをやることになって、言葉を交わさないままお互いに敬遠して練習せず、惨敗した場面。
2年間で男子とやむを得なかった3回しかしゃべらなかった。

いなかの平凡な高校生の生活を底辺と称してここまで、自分を偽らずに書き込める筆者は、どこにでもいる凡人ではありません。数10年前の私の高校生時代でもこれほど「ヘタレ」ではありませんでしたが、覚えていても思いだしたくなかったり、書き留めるなどとは思いもよりません。2週間も家出をする行動力があり、自分の上澄みをすくいだせる力を持つ人は、大げさに言えば清濁併せ持つ器量と能力があるのでしょう。


過去の記事 「映画 檸檬のころ」
http://77117c.blog118.fc2.com/blog-entry-1.html

幻冬舎WEBマガジン「底辺女子高生」 そのまま読めるようです。
http://webmagazine.gentosha.co.jp/toshimamiho/vol111_toshimamiho.html


ムーミンパパ海へ行く (2)

ムーミンパパ海へいく(2)

先の富原真弓さんのムーミンに関する著作に関して、原作をを久しぶりに読み返しました。

ムーミンパパ海へ行く

ムーミンパパは、それがヨーロッパの家長としての役割なのか、一家のあるべき道を指し示す必要があると常に感じていますが、平凡な日常はムーミンママに仕切られて、自分の存在価値がわからなくなって、灯台のある島に一家で移住して、そこの新しい生活で、開拓者としてママに先立って、自分の主導権を回復しようとします。それもあらかじめ計画を立ててそのとおり実行しようと試み、また常にノートに記入して全てを理解しようと努めます。でも海や沼などの自然相手では当然、計画どおりにはことが進まず、また、理解できないことも多く残ります。家族も思ったとおりには行動しません。

「昼食後、すぐに出発することもできたんだけれども、このようなばあいは、日の入りを待たなければいけ々いのだ。順序正しくはじめるというとが、本は第一行からはじまるとおなじように、たいせつなことだからね。万事がそれできまるんだよ」
「きょうが何日だか、見なけりやいかんのだ。かけどけいを持ってこなかったのは、大失敗だったな。それにしても、日曜だか水曜だかわからないんじや話にもならん。わしにはそんな生活はできないわい」
ムーミンパパはパイプをかみかみ、ひっしになってなにかしら説明をみつけようとしました。「わしにはわからん」といわされるのは、つらいことでしたもの。パパはわからないことだらけなのには、もううんざりしていたのです。

ムーミンママはムーミン村では庭に畑を作って野菜を育て、地に足のついた生活をしていましたが、ムーミンパパに従って島に移住してなじもうと努力しますが、ホームシックになり、灯台の壁に花の絵を描いて、そのなかの庭に入り込んで寝てしまいます。

そうやってねていると、ムーミンママは、自分はちいさいのだなあとつくづく感じました。鼻をまくらにうめて、りんごの本のことやなんかを、いっしょうけんめい考えようとしました。けれども目にうかよのは、風に波立つ海のことだけでした。真っ暗やみの中で、目の上におおいかよさってきて、浜も島も燈台も、どこもかしこも占領してしまう海ばかりでした。ムーミンママの目の前には、世界じゆうがなめらかに流れる水になって、このへやもゆっくりとただよいはじめるすがたが、うかんできました。


ムーミントロールは、次第に自分の場所を探し始めます。隠れ場所を見つけたり、夜、一人で家の外に出てうみうまにからかわれたりしますが、、全てを凍らせ、死に至らしめるモランと毎晩会っているうちに、モランの心を解かして、次第に打ち解け、海、島、木々が自然だということを理解して「まず、好きにならなくちゃ」とパパに言います。そして、パパと少しずつ対等に考えられるようになって成長していきます。

ムーミントロールはこういって、こんな重大なことを、パパが自分に相談してくれたことで、うちょうてんになりました。そして、海とはいったいどういうものかと、自分でもいっしょうけんめいに考えてみました。
「おまえはほんとうにそう思うのかい。海はぜんぜんリズムもなければ理由もないんだって」と、ムーミンパパはききました。「たしかにないと思うな」と、むすこはこたえました。自分のこたえが正しいことを心から願いながら。


パパが考えを切り替えて理解しようと海と対話し、プレゼントである板きれをもらい家族総出で引き上げます。それがきっかけでママは絵に入り込むことがなくなります。最後に元灯台守の漁師の誕生日にパーティを開いて理解を深めたあと、灯台に再び灯が点ります。

「ところで、公平にみて、おまえさんがウイスキーの箱をとどけてくれたのは、ごしんせつだったね。わしはおまえさんがなぜそうしたか知ってるよ。おまえさんは、まけかたを知っているからだよね。そうだろ。しかし、だからといって、島にそのしかえしをしようというのは、ひきょうだぜ。わしがこんなことをいうのも、つまりはおまえさんがすきだからさ」。ムーミンパパは頭がつかれたので、おしゃべりをやめ、岩によりかかって待ちました。

ムーミン谷の名言集

平凡だった家族が、まるで環境の違う場所への引越しと環境変化、それぞれの思い入れの違いなどから次第にばらばらになりながら、最後にまた理解し合うという、大人の寓話で、やはりムーミンパパが、がんじがらめの自分の思い込みから解放され、蘇生する内容が中心のテーマだと感じました。

ただ一人、養女のミイだけは、常に現実を直視して、バランスを崩しませんでした。


ムーミン童話とはなにか?(高橋静男)
http://www.hico.jp/sakuhinn/7ma/mu01.htm



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