私淑した人々(2) |
私淑した人々(2) 柴田 翔 大学に入学して、図書室にあった、われらの文学シリーズのうちの一巻に、高橋和己の「悲の器」(先のエントリにも書きましたが)等と共に掲載されていた、柴田翔の作品である、「されどわれらが日々」に、圧倒されました。すぐに刊行されていた同じ著者の「贈る言葉」を購入して、再度少し趣が変わっていましたが、再び魅惑されました。
柴田翔はその数年後、朝日ジャーナル1968.6.16号の巻頭で次のように書いています。
60年代の柴田翔が70年代(というか、60年代の終わりまで)の問いかけた意味を理解し始めています。それにしても、上野千鶴子といい、柴田翔といい、みんな最後は東大の先生になるのだろう。 [Read More...] |
つげ 義春 |
つげ 義春 つげ 義春さんは、それまでにも、雑誌「ガロ」に時々掲載されていた紅い花、海辺の叙景など、一味かわった叙情あふれる作品などを書いていましたので、気になっていましたが、1968年に発売された作品集にあった書き下ろしの「ねじ式jには、得体のしれない異様な迫力を感じました。 ガロ 「つげ義春作品集(1968.5)」
著者は東北地方を中心に、鄙びた宿を訪ねて、それを題材にして多くの作品を残しています。つげさんが旅してたころの温泉宿は高度成長がまだ、届かないため、昔ながらの藁や萱ぶきの建物で、道路は車の必要がないため狭く、舗装していないため、穴ぼこだらけで、家々は土ぼこりで汚れていました。私の生家も当時似たようなものでした。今では法律上でも、もう建てられない、葺きなおしもできない過去のものになってしまいました。宮本 常一の本のように、古い記憶と、記録の上だけに残るのでしょう。 私としては色々な作品のなかでも、ゲンセンカン主人が理由はよく自分でもわかりませんがお気にいりです。 以下は権藤 晋さん「ねじ式」夜話のページ
つげさんに現代風のHPがあるので驚きました。(WEB構成はたぶん本人ではないでしょうけど) 公式サイト ウィキペディア |
豊島 ミホ 「底辺女子高生」 |
豊島 ミホ 「底辺女子高生」 映画「檸檬のころ」の原作者 豊島ミホさんが書いた本です。映画の「檸檬のころ」は原作の複数のお互いに関係したストーリー集から、2人の卒業真近な2人の高校3年生に焦点をあてて再構築したものでした。過去の記事でも書いたように、毎日、変わり映えのしない永遠に続くように思える日常のなかで、ある一時期、心が高揚したり落ち込んだりする様子を秀逸に描いていました。 これに対して「底辺女子高生」は著者が高校生だったころの経験を、ほとんどそのままで描いている(と思える)ものでした。「檸檬のころ」は創作で、本書とは異なることをおいても、「檸檬のころ」は上澄み、「底辺女子高生」は沈殿といったような感じを受けました。 下宿生活、屋上(に相当する美術室)、保健室登校、実験室での2人だけの掃除、文学誌への投稿など、小説にも登場したような場面も多く、この経験があのシーンに生きたのだと納得するところもありましたが、沈殿だけに、全体として今時と思えないほど、それこそ「ヘタレ」な高校生活が描かれています。
いなかの平凡な高校生の生活を底辺と称してここまで、自分を偽らずに書き込める筆者は、どこにでもいる凡人ではありません。数10年前の私の高校生時代でもこれほど「ヘタレ」ではありませんでしたが、覚えていても思いだしたくなかったり、書き留めるなどとは思いもよりません。2週間も家出をする行動力があり、自分の上澄みをすくいだせる力を持つ人は、大げさに言えば清濁併せ持つ器量と能力があるのでしょう。
幻冬舎WEBマガジン「底辺女子高生」 そのまま読めるようです。 |
ムーミンパパ海へ行く (2) |
ムーミンパパ海へいく(2) 先の富原真弓さんのムーミンに関する著作に関して、原作をを久しぶりに読み返しました。 ムーミンパパは、それがヨーロッパの家長としての役割なのか、一家のあるべき道を指し示す必要があると常に感じていますが、平凡な日常はムーミンママに仕切られて、自分の存在価値がわからなくなって、灯台のある島に一家で移住して、そこの新しい生活で、開拓者としてママに先立って、自分の主導権を回復しようとします。それもあらかじめ計画を立ててそのとおり実行しようと試み、また常にノートに記入して全てを理解しようと努めます。でも海や沼などの自然相手では当然、計画どおりにはことが進まず、また、理解できないことも多く残ります。家族も思ったとおりには行動しません。
ムーミンママはムーミン村では庭に畑を作って野菜を育て、地に足のついた生活をしていましたが、ムーミンパパに従って島に移住してなじもうと努力しますが、ホームシックになり、灯台の壁に花の絵を描いて、そのなかの庭に入り込んで寝てしまいます。
平凡だった家族が、まるで環境の違う場所への引越しと環境変化、それぞれの思い入れの違いなどから次第にばらばらになりながら、最後にまた理解し合うという、大人の寓話で、やはりムーミンパパが、がんじがらめの自分の思い込みから解放され、蘇生する内容が中心のテーマだと感じました。 ただ一人、養女のミイだけは、常に現実を直視して、バランスを崩しませんでした。
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ムーミンパパ海へいく(1) パパたちに捧げる物語 |
パパたちに捧げる物語(ムーミンパパ海へいく)
ムーミン谷では、みな特に定職というものはないのですが、例えば、ムーミンパパは、回顧録を書くのが趣味という人物?設定ですが、ある日以下引用のように自分探しを始めてしまいます。
憂鬱なる党派「高橋 和巳著」の主人公のように、ある日、褐色の憤怒を持って、ムーミンパパは住み慣れたムーミン谷を離れ、一家をつれて灯台のある島に移り住んでしまいます。
でも、そこではムーミンパパが一家の主たる指導力を発揮しようとしても、ママはなじめず、自分の世界に入り込んで生き、一家はばらばらになって行きます。
初期アニメ ねえ!ムーミン [Read More...] |
現代学生百人一首 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
現代学生百人一首から
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私淑した人々(1) 高橋和巳 |
最初に手にした高橋和巳の文章は、ふとしたきっかけで借りて読んだ「われらの文学」シリーズのなかのある一巻でした。そのなかには柴田翔「されどわれらが日々」、倉橋由美子とともに高橋和己の「悲の器」がありました。それがきっかけで高橋和巳を読むようになりました。自分が最初に購入したのは「捨子物語」でした。ほとんどストーリーが感じられない悲惨で破滅的で全体に混沌とした内容でしたが、最後にこれから育ての親となるような人が現れて、わずかな救いが感じられました。 まだ、古典的教養人とか知識人などという言葉が生きていた時代で、高橋和巳は吉川幸次郎の門下で中国文学の一流の研究者であり、京都大学の助教授いう肩書きからまさに知識人そのものでした。当時の大学生は大学への進学率も低く、一応は選ばれた人であり、そのなかでも大学の教職にある筆者は自他共に認めるエリートそのものでした。そのエリートが思想、文学に傾倒し、次第に正統な学究の道から外れて自ずから信じた文学の道に入って行ったのでした。「憂鬱なる党派」に登場する、戦後すぐに学生生活を送った人たち、の一部の人は、それこそ当時ある位置を占めていた「党派」の思想とどうつきあうかを問われ続けたのでしょう。この小説ではもはや死語となった「六全協」後の学生達の挫折と分裂したその後の日々を描いています。
高橋和巳 堕落 |
話の特集 |
雑誌 話の特集(1) 1965年から約30年続いた、日本のポップカルチャー(サブカルチャー)を代表する雑誌。編集長は矢崎泰久さんで、当時まだ無名だった横尾 忠則さん、立木 義浩さん、和田 誠さん(アートディレクタ−)、篠山 紀信さんなど幾多の才能ある新人を慧眼で見抜き、どんどん登用して花開かせたと同時に当時すでに高名だった人も独自の人選で掲載しました。原宿のセントラルアパートにあった編集室は、後日、革自連などを結成することでも分かるように、反権威と反権力の砦でした。
当時の状況を知るための本 [Read More...] |
上野千鶴子 「学校化社会」 |
学校化社会 上野千鶴子
そんな上野さんの近書です。勝手に要約すれば
等です。分析としては同感できる点もありますが、フリーターも含め、多様な生きかたを勧めているのは、現実を知らない学者、あるいは現実を知っていても同じ視線まで降りていけず、調査・解析に留まっている「学者」の限界かと思いました。サイバラ作品の「高知でも貧しい地域で、女はみんな18歳くらいで結婚して、あちは一生後悔して終わる。旦那はヤンキーあがりで日給の仕事をして1DKくらいのアパートで・・・」の見方のほうがより、暖かな視線を送っています。 本のなかでも「私は優等生でもあったし、はみ出しでもあった。」と書いていますが、「劣等生だった」とは素直に書いていません。それは劣等生ではなかったのでしょう。 (つづく) [Read More...] |
Author:Groove
音楽(クラシックと演歌以外)と、映画、PCの日々。古い話を含め、お気に入りを書いていきます。