These foolish things

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西原 理恵子 ダーリンは70歳

西原 理恵子 ダーリンは70歳


なかなか本屋で見つけられなくて、Amazonでさえ品切れだったりしたのだが、本日たまたま見付けたので購入。初版だった。

中身を一読してびっくり。極彩色の画といっぱいの乱雑なセリフで繰り広げる70歳と50歳のバカップルの珍道中の連続。初期のころの作風を彷彿とさせる高須Dr.との本音まるだしの、まるで閨の様子を描いた日記のような生々しい逸話が続くなかで、たまにメルヘンのような時間が訪れる。こんな暴走する野獣のような西原と向かい会える高須克弥もなかなか大物だと思う(一連のネトウヨ発言はいただけないけど)。

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毎日かあさんでは、全国紙での掲載でかなり我慢していたのだと思わせる、リアル全開だけど何回か読むとそのたびに感想が変わる不思議な本だった。これもありかと思うけど、私はこんなにパワフルな、ドキュメントや日記のような本書ではなく、フィクションの世界である「パーマネント野ばら」の叙情のほうが向いているのかと思った。

女の子ものがたり

おんなの子ものがたり

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先の同名の映画の記事の原作です。映画を見た後で買ってきました。
映画の成人した主人公の漫画家(深津 絵里さん)は登場せず、高校時代の終了までのお話でした。映画では多少万人向けに脚色されていた衣装や容姿も、原作ではみすぼらしく、容赦なく描かれています。主人公ほか3人のおんなの子は、貧しい家に育ち、普通ならまだ将来に希望を持っている年代で、漠然と不安を感じはじめ、中学生や高校生で、親から離され、たった一人で、貧困など厳しい現実の社会に放りだされます。

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友達が、気持ちを押し殺して必死で生きているうち、感情を無くしてしまったかのような、深い穴のような黒い目をもつ大人になったり、宗教に頼って生きているのを見ながら、どうすることもできず、ただ「私はきいちゃんとみさちゃんが好きだ」と言っている、主人公も義父が自殺して「乞食の娘」になってしまいます。

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母親は、家にある財産のほとんどを主人公に渡し、貧困の連鎖を断ち切るために東京に追いやります、「おまえはどこか他人とは違う」と言われていた主人公は幾多の困難の末に成功しますが、他人と違った才能もなく、閉塞した地域の中で生きて行かなければならない大多数の「女の子」は、現実とどう折り合いを付けて生きるのだろうかと思っていました。私も数10年前に高校卒業後、時代閉塞の現状(石川啄木)のような閉塞感、圧迫感を感じていた地方都市から都会に出て、そのままとなりましたが、残っていたらどう生きたのかと思ってしまいます。

nhk02.jpg  nhk01.jpg (鴨ちゃんと)
西原理恵子は先日のNHKの「こころの遺伝子 西原理恵子」で、アジアの子供は親が殺された時でも笑っていることを挙げて、「どん底でこそ笑え」と言っていましたが、きっと友達にも自分にも、それから多くの「女の子」や「男の子」に対してもそう思っているのでしょう。

もうじき映画 パーマネント野ばらの公開(5.22)です。



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のだめカンタービレ(コミック完結)

のだめカンタービレ
(コミック完結)

第23巻表紙 

のだめカンタービレは、2008年のTVドラマをずっと見ており、エキストラへの参加もし、本ブログにも数回記事を書きました。原作のコミックもドラマにつられて途中から読み始めましたが、この11月末発売の第23巻で物語は完結しました。全23巻を初めから読み直して見ると、ヨーロッパでの物語は、日本での物語に比べ、さらに音楽はもちろんのこと、抱えている悩み/葛藤/喜びの深さが変化し、レべルアップして別の次元に到達したようなイメージを持ちました。舞台を日本の音楽大学から、クラシックの本場で、生活や歴史にクラシック音楽が根付いていて、著名な演奏家やオーケストラがいるヨーロッパに移して日々精進しているのですから、それも当然かもしれません。

2台のピアノのためのソナタ再び  

ヨーロッパのストーリーで最後に近い第21-22巻が、物語のクライマックスでした。覚醒していない天才のだめがずっと抱いていた、(千秋先輩とのコンチェルト実現)という夢に、ある日、具体的な目標となる演奏曲を見つけた途端、その曲をもう一人ののだめであるRuiに千秋と共演されてしまいます。それも演奏しているRuiが自分に見えるほどに夢のような楽しいコンサートだったため、のだめは自信も希望も全て失い、さらに、逃げ場を求めた千秋先輩にも拒絶され、深く奈落の底に落ちてしまいます。
これをシュトレーゼマンが救い出してロンドン饗とのピアノコンチェルトで、演奏家としてその才能をついに開花させますが、この成功にもかかわらず、のだめは「千秋先輩とでもあれ以上の演奏はできない」と、なお目標を失ったままで深い暗闇のなかをさまよっています。拒絶された千秋ものだめへの思いが否定されたため、俺さまキャラの千秋が初めて、放心状態に陥ったままとなります。ここに来て立場が逆転してしまいます。

千秋は父と邂逅し、話すことで親を認められるようになって、永年の相克がやっと解決し、復活を始めます。(音大のころから見れば、千秋も成長しました。)。のだめは最終巻で千秋と再び思い出の曲を演奏することで、音楽と恋愛を切り離し、今後、それぞれ独立した音楽家としてやっていくための何かをつかんだようです。作者は最終巻をあっさり描いている感じがしますが、まだはっきりとは見えない、広大な二人の未来を暗示しているのでしょう。

新たなスタート

作者の二ノ宮先生は8年間も「のだめ」を書き続けてこられました、クラシック音楽の、いろいろな作曲家、作品、演奏、オーケストラ、さては時代背景なども勉強して、根本を理解し愛情を持って描いていることが、巻末の膨大な資料リストなどからも感じられました。音楽家自身はさておき、偏屈な意見を持ったり、薀蓄を傾けるファン、評論家なども多いと思われるクラシック音楽の世界で、そこに生きる人々の喜怒哀楽を見事に表現して有無を言わせぬ立派な作品でした。のだめや千秋はもちろん、ターニャ、Rui、他の登場人物にも何回も泣かされました。本国ではトップでも本場のコンクールでは、予選落ちして一人ずつ去っていく厳しい世界に生きる人たちの生身の世界を垣間見せてくれました。

私はクラシックは苦手で曲名を聞いても知らないほうが多いため、深く理解できない場面もありましたが、ベトベンのピアノソナタ31番など何曲かは、啓発されて聴いてみたくなりました。

過去記事へのリンク
のだめカンタービレ(1)
のだめカンタービレ(2)
のだめカンタービレ(3)
のだめカンタービレ(4)
のだめ in ヨーロッパ

 


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めぞん一刻(2)

めぞん一刻(2)

コミックが原作で、その後アニメ化や実写化された作品は、極一部を除いて当然ながら、オリジナルのコミック版が作者が一人で築いた世界であり、集団の作業であるアニメではやはり無理がありことが多いです。一部の例外としては「のだめカンタービレ」が原作にかなり忠実だったかと思います。
めぞん一刻も初出は成人コミック誌だったためか、一般人対象のTVアニメに登場する場合には、二人の関係にとって重要なシーンでも、TV放映上の制約などから、表現がなくなったり、ぼかされたりしているシーンが多く残念でした。

シーン1

最もなるほどと思わされたシーンは、TV画面にはないコミックのみのシーンですが、二人が初めて結ばれた次の朝の響子さんの態度でした。永い間のすれちがいがようやく決着し、気持ちや身体を含んだ全てに対して、ようやく安定した心持に落ち着くことができた状態を見事に描いていました。男性では理解できない、肝が座ったときの女性の底力のようなものを感じて、さすが女性の描くコミックならではの視点と、当時感嘆したものです。

   シーン2


当時、ご他聞にもれず、アニメ版の主題歌のサントラなどを買いあつめました。下は主題歌集の表紙です。響子さん役の島本須美さんも数曲歌っています。残念ながら、主題歌では「タッチ」の日高のり子さんには及ばないと思われます。(何の予備知識もなく、ルパン3世カリオストロの城をを見た時の詩情あふるれるストーリーとリリシズム、クラリスの声の可憐さに目を疑った記憶があります。後から宮崎監督と島本須美さんと知りました。)

めぞん主題歌 
当時島本さんが、吹き込んだWindows用の動作に用いる音源を入手して、今もスタートアップなどの音として使用しています。下記は一例です。(当時、たぶんhttp://tokeizaka.cside.tv/maison/dta.htmから頂いたと思います。ファイルはmp3に変更済みです。)

ウィンドウズを起動しますね

お仕事がんばってくだいね。


めぞん一刻

めぞん一刻

先日、テレビ朝日系列でTVドラマ「めぞん一刻」の後半部が完結編として、前日再放送された昨年放映の前半部とともに放映されました。昨年はドラマは見たものの、録画に失敗したため、今回ようやく両方そろえて見ることができました。

めぞん一刻はコミック、TVアニメ版とも当時は見逃してしまったのですが、数年前、ふと気になってコミックを一気買い(大人買い)し、その後、DVDや関連本なども次々購入して深みに嵌っていきました。お話はアパートの管理人である音無響子をめぐるラブ・ストーリーです。私も近い年代に下宿生活を送ったこともありましたが、当然のことながら、当時の管理人は老夫婦であったし、ほかの下宿人とは没交渉が普通でしたので、ドラマとは大違いですが、昭和の雰囲気は通じるものがあります。

今回の実写版TVドラマは頑張っていたとおもいますが、1年前の前半と合わせても4時間程度での制限であり、コミックからアニメへの変化ではTVアニメ上での表現の制約など以外は、比較的忠実に反映していたのに比べ、ストーリーも変えられていました。

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例えば、最も感動的とおもうプロポーズシーンも泥酔した響子の父親を夜道で負ぶって帰る時から保父合格パーティでのみんなの前に変わっていました。

 IMG_0002.jpg  めぞん一刻94       

登場人物も、八神 いぶき、九条 明日菜、二階堂 望、キャバレーの支配人、マッケンロー/サラダをはじめとする犬たちなどは登場せず、これに関したエピソードは全くカットされていました。ちょうどちりとてちんの総集編を見たような印象ですが、あちらは全体のなかからシーンの抽出だったのに比べ、脚本からやりなおしですから、さらに違和感がありました。
キャストも音無響子は原作ではもっと嫉妬深い性格だったし、一刻館の住人の毒はかなり抜かれていたし。原作の何年にもわたる日々の生活での色々な感情のやりとり、すれ違いがだんだんほぶれてお互いの気持が通じていく感じは、たとえ全作を読み直さなくても片隅に残っており、ハイライトシーンだけでまとめるには無理があります。ハレの日は永いケの日の積み重ねの結果ですから。
でも、やってくれただけで感謝です。


私のお気にいりの、このドラマやちりとてちん、ちゅらさんに共通する感じとしては変人はいても悪人が登場しないことです。奇書「一刻館の思い出」によると、キャバレーのマスターや六本木朱美は人生の辛酸をなめてきただけあって、裕作と響子を見る目が実に温かい。

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名セリフ集(の一部)

裕作「お父さんにとっては、響子さん、いつまでも小さい女の子なんですよね。だけどおれにはとっては、たったひとりの女の人です。結婚してください。泣かせるようなことは絶対しません。残りの人生をおれにください」響子「ひとつだけ、約束、守って」
裕作「浮気なんか絶対しません。付き合い酒はひかえます。貧乏もなるべくしません」
響子「そんなことじゃ泣きませんよ。怒るけど。お願い、一日でいいから、あたしより長生きして。もうひとりじゃ、生きていけそうにないから
裕作「響子さん。決してひとりにはしません」

朱美「なーんもやらせないで、男を縛ろうなんちゆー根性が気にくわん」
響子「そんなこと考えてませんけど」
朱美「考えずにやってるとこがこわい。清純ぶりおって」
朱美「ろくに手も握らせない男のことで、泣くわわめくわ、どうなってんの。あんたみたいな面倒くさい女から男とるほど、あたし物好きじゃないわよ

リンク
TV朝日のサイト
http://www.tv-asahi.co.jp/ikkokukan/

ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%81%E3%81%9E%E3%82%93%E4%B8%80%E5%88%BB


西原理恵子 「毎日かあさん」 (2)

一度、気に入ってつぼにはまると軽く10年は持続することが多いので、サイバラさんと鴨ちゃんもそうなりそうな感じがしています。


下↓は同じくダ・ビンチの記事からですが、二人とも出家しているからでしょうか、育った環境や何回も訪れた国々での底辺の人々から感じとって会得した、諦念に似た死生観とそれと対になる現世での、腹の座った人生観が感じられます。鴨ちゃんは「生成り」のように素朴でいい男だったことがよくわかります。世知辛く、生き馬の目を抜く生きかたが至上の価値とみなされる現代においては希な人でした。アジアのどこかの田舎道で棒きれのように行き倒れたかったのだろうと考えました。


ダ・ヴィンチより


戦場ジャーナリストも、アル中も損得感情が上手な人にはできない生きかたでしょう。それにしてもすべてを背負って生き抜いている女の人は強い。


西原 理恵子 「毎日かあさん」

鴨ちゃんのことダ・ヴィンチの11月号を読んでいたら、西原理恵子さんのインタビュー記事がありました。ここ最近読み出した程度でコアなファンではなく、アジア紀行ものやギャンブルものは敬遠して、自伝的な作品や毎日かあさんシリーズを中心に読んでおりました。


 


生きるため、家族との生活を維持させるためにこそ、お金が必要で周りの人に隠すこともなく体当たりの生き方をしながら、やさしい視線があふれています。特に2人のお子さんはじめ、子供に注ぐ愛情は下積みの生活を長く経験して痛みを知った上で得たものだと思いました。


破天荒で不器用な生き方しかできなかった、鴨ちゃんとの結婚生活、特に最後の日々は忘れられないものがあります。そのおかげで、いい子供たちに恵まれましたね。人は忘れられた時に二度死ぬということばを銘じておこうと思います。毎日かあさんは書店で幾たびか手にとりながら、最後のページを読んで涙があふれて買えなくなってしまいます。


もっている本を調べたら



はれた日は学校を休んで
ああ息子
ああ娘
毎日かあさん1~3



だけでした。今度「いけちゃんとぼく」を買ってみようかな。


西原 理恵子公式ホームーページ
http://www.toriatama.net/
毎日かあさん
http://mainichi.jp/life/riezo/
鴨ちゃんのがんばらない
http://www.ozmall.co.jp/entertainment/kamo2/vol1/


 



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